新連載  女がヒールで歩く日は〜私たちが服を買う理由

新卒で入社した百貨店、ITベンチャーを経て、様々な媒体でファッションにまつわるメッセージを発信している最所あさみさん。東京の片隅で暮らし、東京から世界を見てきた彼女だからこそ思う買い物の愉しみと、おしゃれして街へ出かける幸福を綴る新連載のスタートです。幸せになるために服を買う。当たり前のこと、忘れてない?──


第1回 あの日のときめきを、忘れない

自分が「ドレス」なんてものを着るのは、人生でたった1回、結婚式くらいだろうと思っていた。

そう、数年前のちょうどこの時期に、目もくらむほど煌びやかなあのフロアに配属されるまでは。

大学生だった私が就職先に選んだのは、日本で一番の売上を誇る百貨店だった。配属希望を出す際に「ゆくゆく食品営業部にいきたいので、数年は逆に一番高いものを売りたい」と生意気なことを言っていたらそのまま希望が通ってしまい、配属されたのは名だたるラグジュアリーブランドの洋服がひしめく特選フロア。しかし当時の私といえばブランドのコレクションなんて見たこともなく、イヴ・サンローランはコスメのブランドだと思っていたし、グッチが洋服を作っていることに気づいたのは入社後数ヶ月経った頃だった。

自分の月給以上のドレスを売り、目が飛び出るような金額のバッグをカード1枚でポンと払える人々の存在を知り、当時は毎日何かしら面食らっていた記憶がある。業務を通じてそれぞれのブランドの歴史やデザインの特徴、素材の品質といった知識は勉強していたけれど、それでも自分が普段身につけている洋服と比べて何十倍もの価値がある理由がよくわかっていなかった。ロゴをつけるだけでゼロがひとつ増えるなんて、ブランドはどんなに儲かっているのだろうとすら思っていたほどだ。今になって思えば、なんてお花畑な脳みそをしていたのだろう、と思うけれど。

そんなブランドへの偏見が崩れたのは、セール終盤の時期に開催された社内向け販売会だった。普段は価格が高いこともあって試着をためらうものばかりだったけれど、社内向けにたたき売りする頃になれば価格もだいぶ下げているので、「勉強のために試着してみたら?」と先輩たちからのお許しがでた。

私が手に取ったのは、深いボルドーが目を引くグッチのドレス。一見するとグッチだなんてわからないほど何の変哲もないシンプルなかたちに、「なんでこれが数十万円もするのだろう?」と不思議に思いながら袖を通した。さすがに最終のセールまで残っていただけあってサイズがまったくあっておらず、試着室の外に置いてある鏡を確認するまでもないだろうと思いつつも、せっかくだからと鏡に自分の姿を写してみた。

その瞬間の衝撃を、私は一生忘れないだろうと思う。

ドレスというものは、女性の体を引き立てるために作られているのだ。一瞬でこの言葉が腹落ちした瞬間だった。

洋服の詳しい構造を知らない私にとってどこがどう優れているのかはわからなかったが、ブランドが何十年もの時間をかけて蓄積してきた研究結果がこの1枚のドレスなのだ、とこの時はじめて理解することができた。そして、こんなにも考え尽くされ、手間暇をかけて作られたドレスを身につけることが、どれだけ人の自己肯定感を高めるかということも。グッチのドレスを着た自分を気に入りすぎて、その後もなかなか脱ぎたがらなかったほど、グッチのドレスが持つ魔力は凄まじかった。

そして同時に、これをもっとたくさんの人にも体験してほしいと強く思った。ブランドものを身につけることは浪費なんかではなくて、自分を好きになって受け入れるためのきっかけになるものだ。今はまだその体験を得るためには何十万ものお金が必要になってしまうけれど、いつかもっとたくさんの人が気軽にこの感動と作り手の愛情を感じられるような仕組みを作りたい。そう強く思ったことが、今の私の仕事につながっている。

理想を実現するにはまだまだ時間がかかるだろうけれど、道のりの長さに嫌気がさすたびにあの日の高揚感を思い出す。その度に、作り手の愛情とこだわりが美しさに昇華した最高の一枚を身につける権利は誰にでも開かれているべきだという信念がよみがえる。

夢に近づくために、そしてもう一度グッチのドレスに袖を通す日のために、私は今日も仕事に精を出す。

あの日感じた、ときめきの思い出と共に。

最所あさみ
最所あさみ
さいしょ・あさみ

大手百貨店入社後、ITベンチャーを経て独立。Webメディアを起点としたコミュニティ形成やコマース事業のプロデュースを行うかたわら、個人でファッションや小売にまつわる有料マガジンを発行。

個人note:https://note.mu/qzqrnl
Twitter:https://twitter.com/qzqrnl


<アートワーク>

安藤晶子

個展で作品を発表するほか、雑誌の挿絵、CDのアートワーク、ファッションブランドのイメージビジュアル等を手がける。

 

Text:Asami Saisyo Cover illustration:Akiko Ando