達人がリコメンド 街の本屋のこの一冊 Vol.1

達人がリコメンド 街の本屋のこの一冊 Vol.1

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岩渕宏美さん、阿久津 隆さん、花田菜々子さんの3人がおすすめの本を持ち寄る新連載。お隣の韓国の社会問題を垣間見る物語、南北戦争後のアメリカの荒野で主人公がたどる冒険、そして胸を打つ母と娘の物語──個性豊かな3冊が揃った。


選・文

岩渕宏美

『あまりにも真昼の恋愛』
キム・グミ/すんみ訳/晶文社/¥1,800

あまりにも真昼の恋愛 キム・グミ

韓国の作家はとても軽やかに社会問題を扱う。生活と社会を結びつけ、多層的な物語に昇華させる。キム・グミもそんな作家のひとりだ。

左遷を機に出世第一の人生に疑問を持ち始める男。同期を蹴落として得た正社員の椅子に居心地の悪さを覚える女。親の仇と恨んできた男の無罪の告白に狼狽える兄弟。登場人物たちはみな、信じて歩んできた足場を失うような出来事に遭遇する。どれも明らかな答えは出ないが、そこから新しい価値観の片鱗を手にするまでが描かれている。

ひとつ思い出してほしいのが、2014年に韓国で起きたセウォル号沈没事故だ。多くの死者を出しながら不誠実な対応を続ける政府に、国民は不信感を募らせた。既存の価値観を捨てざるを得なかった国民の姿が小説世界と重なる。本書の刊行は事故の2年後。似た境遇に立つ彼らの行く末が、当時の読者にもたらした希望を思うと胸がつまる。

同じ標準時を使用する韓国と日本。同じ夜と昼を乗り越えてきた私たちは、希望の形もきっと似ているはずだ。

 

≫いわぶち・ひろみ=渋谷のジュンク堂で海外文学を担当。ため息の出るような1行に出会いたい。


選・文

阿久津 隆

『ブッチャーズ・クロッシング』
ジョン・ウィリアムズ/布施由紀子訳/作品社/¥2,600

ブッチャーズ・クロッシング ジョン・ウィリアムズ

舞台は南北戦争後のアメリカ。「自然のことを知りたいんです」―都会暮らしの裕福な学生アンドリューズは、西部の寂れた町ブッチャーズ・クロッシングに赴く。そこで狩猟隊を結成し、念願の荒野へ。

鉛の棒をやかんの中で溶かして1つずつ作る銃弾、追い込まれたバッファローたちの困惑した足取り、唾を延ばした砥石で丹念に研がれる何種類ものナイフ、丸太と皮で作る差し掛け小屋、徐々に変容していく男たちの顔つき。

恐ろしく緻密な描写で行為と情景が積み重ねられていく。「共感する」みたいな余地は少なく、読む者はただただ「見る/想像する」わけだけど、「軛」とか「輻」とか、なじみのないものを組み立てていく作業は負荷が大きく、疲れ、休憩。気になり、即再開。次第に景色がクリアに現れ、色彩豊かに広がっていく(気持ちいい!)。この「読む」の体験は主人公が自然の中で味わっているものともしかしたら近い。「知る」とは行為と疲労の積み重ねの先にある「見える」とか「できる」状態のことなのかもしれない。

 

あくつ・たかし=東京・初台にある本の読める店「fuzkue」店主。


選・文

花田菜々子

『ありがとうって言えたなら』
瀧波ユカリ/文藝春秋/¥1,000

ありがとうって 言えたなら 瀧波ユカリ

誰かを看取るとはどういうことだろう。それは、ひと昔まえの感動ドラマのような、愛と涙にあふれた美談だけではないはずだ。著者、瀧波ユカリは女性の本音や自意識を鋭く描き出すことに定評のある漫画家。彼女の実体験をもとに、実家の母が余命を告知されてからの最期の1年を、ときに率直に、ときに深い洞察を巡らせながら描く。

憧れの存在でありつつ、少し苦手でもあった母との交流。それは近く亡くなるからといって急に美しい家族の物語に書き換えられるはずがない。母からの不条理に戸惑い、機嫌に左右され、子育ての大変さと重なって疲れは蓄積されてゆく。だが、新たに知ることになる母の一面、それぞれの心境の変化、ささやかな幸福を感じる出来事……心がはっとする瞬間を著者は見逃さず、丁寧に描き留めていく。

身近な人が死を迎えるとき、私たちはどんな気持ちになるのか。どこかで感謝のことばを伝えることはできるのだろうか。私たちの遠くない「もし」に、いちばん誠実に答えを教えてくれる1冊に間違いない。

 

≫はなだ・ななこ=日比谷コテージ店長。実体験を綴った自著『であすす』(略)が発売中。選・文

Illustration: Naoki Shoji Edit: Satoko Shibahara

GINZA2018年6月号掲載