12 Mar 2019
『クロストーク』『本の未来を探す旅 台北』etc.街の本屋のこの一冊 最終回

毎日、たくさんの本と出会う書店員と読書カフェの店主がよりすぐりの1冊をセレクト。
選・文
岩渕宏美
『クロストーク』
コニー・ウィリス/大森望訳/早川書房/¥2,700
簡単な手術でお互いの感情が共有できるようになるとしたら、私はその手術を受けるだろうか。共有が発生する条件はただひとつ。ふたりの間に強い感情的なつながりがあること。主人公はこの手術を恋人と受けたばかりの女性、ブリディ。「接続」を待つ彼女の耳に届いたのは、愛しい彼ではなく変わり者で有名な同僚男性の声だった。
恋人にバレることなく混線の原因を究明しようと物語は進む。「あの人の心が読めたら」とは思っても、自分の気持ちまですべてさらけ出したいとはなかなか思えない。つながり過ぎることは、彼女を真実の愛へと導くのか。口当たりはコメディだけれど、筒抜けゆえの駆け引きに痺れる。
最後まで読んだうえで、最初の問いに戻って考えてみる。私はこの手術を受けるだろうか。手術の前に、接続に必要な絆がふたりの間にあると確信するにはどうしたらいいのかな。相手の心が読めたら楽なのにな。あれ?これじゃまるで鶏が先か卵が先か、みたいだ。心配性な私は一生受けられる気がしない。
≫いわぶち・ひろみ=渋谷のジュンク堂で文芸書を担当。
選・文
阿久津 隆
『失われた時を求めて』(全13巻)
マルセル・プルースト/鈴木道彦訳/集英社文庫ヘリテージシリーズ
この連載が始まった頃から読んでいるがまだ4巻で、半分も終わっていない。何日も続けて読むこともあれば、何週間か放っていて思い出したように開くことも、そこから続くことも、すぐに止まることもある。いざ開いても、どこまで読んだかを探しているうちに眠ってしまうようなことさえある。最後まで読むのにどれだけかかるか見当もつかない。話の筋も登場人物も、忘れたり思い出したり勘違いしたりしながら、時にきらめくような文章に興奮し、時にバカバカしい展開にゲラゲラ笑い、時にびっしりとページを埋め尽くす文字にうんざりしながら、本当に少しずつ、この長大な本とともにある時間が、記憶の層を作っていくのを感じる。そういう全体が楽しい。どんな要約も説明もする気が起きない。必要なら調べて。無意味だけど。学びとか知らない。読むことが全部。ただ楽しい、うれしい、豊か、読書の喜びは僕はこれで十分だ。これからもずっとこうやって、好きな本を好きなように読んでいくだろう。みなさんもぜひ。お世話になりました。
≫あくつ・たかし=東京初台にある本の読める店「fuzkue」店主。『読書の日記』発売中。
選・文
花田菜々子
『本の未来を探す旅 台北』
内沼晋太郎、綾女欣伸/山本佳代子写真/朝日出版社/¥2,300
みんな台湾が大好きである。もし現在の状況をただの「ブーム」だと捉えている人がいればそうとう流行遅れな人だ。もはやそれくらい日本と台湾の関係は親密。初の台北旅行なら小籠包とタピオカを堪能するだけでも十分に楽しいと思うが、リピーターともなればおしゃれなカフェとローカルな屋台巡りでもまだ物足りない。そんな人にお勧めしたいのが小さな本屋を回り、現地のカルチャーに触れる旅だ。
台北で書店や出版に携わる人たちへのインタビューをまとめたこの本は、台北で起きているカルチャーの新しい波を教えてくれるだけでなく、両国の共通点と相違についての考察を深められる本でもあり、仕事のヒントになる本であり、これからの時代にふさわしい生き方を教えてくれる本でもある。台北書店巡りの最強のガイドブックでありながら、実際に訪れなくとも「台北」の今を深く感じられる……そんないくつもの魅力が複雑に折り重なっている。
とにかく読めば台北に行きたくなり、自由な気持ちが湧き上がり、何かやってみたくなる。そんな本だ。
≫はなだ・ななこ=日比谷コテージ店長。実体験を綴った自著『であすす』(略)が発売中。
Edit: Satoko Shibahara
GINZA2019年3月号掲載