達人がリコメンド 街の本屋のこの一冊 Vol.2

達人がリコメンド 街の本屋のこの一冊 Vol.2

毎日、たくさんの本と出会う書店員と読書カフェの店主がよりすぐりの1冊をセレクト。個性溢れる本のレビュー。これを読むだけでも知性を磨けそう!?


選・文

岩渕宏美

『知の果てへの旅』

マーカス・デュ・ソートイ/冨永星訳/新潮社/¥2,700

知の果ての旅

 

サイコロの出る目を予測することは可能か。知の果て、すなわち人間が永遠に知りえないものへの旅は、こんな問いから始まる。確率に始まり、素粒子、量子物理学、カオス理論、時間、宇宙と続き、ヒトの意識へと展開しながら既知と未知の境界線を示してみせる。たとえば、サイコロの表面の対角線は1対1対ルート2で表せる。このルート2、実は割り切れず小数点以下が永遠に続く。目に見えるサイコロは有限なのに長さを求めた途端、無限になる。有限なのに無限。言葉の世界に生きる私はくらくらする。しかし数学者である著者は「数学は宇宙との共通言語」だとも言う。数学を使えば地球にいながら星間距離が測れる。計算によって事前に配置が予測できたことが粒子の発見へとつながった。まるで数学を介して世界の成り立ちと会話しているようだ。白状すると、内容をすべて理解できたわけではない。けれど難しそうと怯んで読まないのは勿体ない。理解より驚異。このワンダーこそサイエンス本の醍醐味なのだ。

≫いわぶち・ひろみ=渋谷のジュンク堂で海外文学を担当。


選・文

阿久津 隆

『夜のみだらな鳥』
ホセ・ドノソ/鼓直訳/水声社/¥3,500

夜のみだらな鳥 ホセ・ドノソ

 

オペラシティアートギャラリーで見た五木田智央『PEEKABOO』の作品のモチーフは大半が人間、らしきものだった。顔の中央がベタッと黒や白に塗り潰される。手足の先だけが極端に省略される。どこか「人間」と言いきることを躊躇わせる不穏な気配が充満していて、見つめていると吸い込まれて、反転した世界に投げ出されてしまいそうな不安定な心地になった。あまり長くこの場にいてはいけないというような畏れも覚えた。しかし目は、たしかに悦んでいた。離れられない危険な引力を有したこの過剰でいびつな時空間では、人物は固定した輪郭や人格を持っていないように見える。美しい女は醜い老婆と入れ替わり、男は幼児に変転する。境界は消失し、秩序はひっくり返る。全体がぶよぶよと流動しながら蠢き続ける。そんな500ページ超の小説、絶対しんどい……そう怯みつつ読み始めたら、話の筋なんて即座に見失いながらも目の前で生起する強烈なイメージに悦び続けただただ面白く読むことになったから、驚いた。というのが『夜のみだらな鳥』です。

あくつ・たかし=東京・初台にある本の読める店「fuzkue」店主。


選・文

花田菜々子

『日本の気配』
武田砂鉄/晶文社/¥1,600

日本の気配 武田砂鉄

 

信じられないほどひどい政治家たちの言い訳や、ネット上にあふれる差別発言、TVの向こうで日常的に行われる上辺だけの謝罪。どれにも違和感や怒りは感じるものの、どう怒っていいのか、何に対して何を怒っているのかもつかみ切れずに、途方に暮れてしまいます。そんな言葉にならないもやもやを解きほぐしてくれるのがこの本。社会のあらゆる問題に独自の視点で斬り込み、気がつけば見て見ぬふりをしていた自分の心の動きまで可視化してくれる、「心のガイドブック」と言ってもいいような示唆に満ちています。とはいえ、力強く私たちをポジティブな気持ちにしてくれるような爽快な本ではなく、その論調は延々と続く独り言のような小さな声。ときにユーモアを交え、まるで生米に筆で字を書くような丁寧さで違和感の根源をたどり怒りを綴る著者。しかしそれは攻撃するためではなく、弱い者の声なき声を拾う行為であることが言葉の端々から伝わります。この時代の正義のヒーローはこんな人かもしれません。

≫はなだ・ななこ=日比谷コテージ店長。実体験を綴った自著『であすす』(略)が発売中。選・文

Illustration: Naoki Shoji Edit: Satoko Shibahara

GINZA2018年7月号掲載

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