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『アメリカ死にかけ物語』etc.街の本屋のこの一冊 Vol.9

『アメリカ死にかけ物語』etc.街の本屋のこの一冊 Vol.9

毎日、たくさんの本と出会う書店員と読書カフェの店主がよりすぐりの1冊をセレクト。


選・文

岩渕宏美

『百人一首という感情』
最果タヒ/リトルモア/¥1,500

く、から、く、かり、し、き……。百人一首と聞くと、助動詞の活用が浮かぶ。古文の授業で必死に覚えたあれだ。千年と経つあいだに、言葉はすっかり様変わりしてしまった。現代語に訳した本は数あれど、これは少し趣が違う。「あぁこれを歌にしよう」と作者の心が震えた瞬間に詩人、最果タヒが思いを馳せた1冊である。

たとえば37番の歌。「白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける」。葉から露がこぼれる様子と糸が切れて玉(宝石)が散らばる様子をかけた歌だ。千年前の秋の野は想像するしかないけれど、糸が切れた瞬間のひやっとする感じはとてもよくわかる。歌になる前の心の震えは、恋や愛ばかりではない。それを掬い上げる著者の網目の細かさに感心してしまう。

言葉ありきで感情は生まれない。まず衝動がきて、それから言葉を探す。31音に込められた感情は、千年を超えていま私たちの前にある。詩人として、言葉の生まれる瞬間に向き合ってきた彼女の声で聞けることを幸せに思う。

いわぶち・ひろみ=渋谷のジュンク堂で文芸書を担当。


選・文

阿久津 隆

『アメリカ死にかけ物語』
リン・ディン/小澤身和子訳/河出書房新社/¥3,200

ベトナム系アメリカ人の詩人、作家であるリン・ディンは、路上で、公園で、バーで、長距離バスの車内で、出くわした人たちの話に耳を傾ける。アメリカの土地土地の、「無慈悲な環境から吐き出された大勢の人たち」の人生のスナップショットが寄り集められた、そういう本。

驚くのはディンの、相手の懐に入る上手さだ。とにかく場当たり的に話しかけて、その場限りの、それでいて豊かで親密な会話を立ち上げる(危ない目にも遭う)。交わされる言葉からもその距離の近さが感じられる。昔からの友だちかな?というような。「旅で人と出会うたびに、人間への理解は深まっていく。なぜなら人はどこに住んでいようが常に魅力的だ」。この思いが本当のもので、それが伝わるから、人々は、口を開き、自分の物語を託してみたくなるのだろう。ろくでもなさを憐れみや同情で飾り立てることなくそのまま引き受けて、ろくでもない(だからこそ愛おしい)者として描ききる。その姿勢は倫理的でどこまでも真摯で、悲しくも愉快で、力強い。

あくつ・たかし=東京初台にある本の読める店「fuzkue」店主。『読書の日記』発売中。


選・文

花田菜々子

『悲しくてかっこいい人』
イ・ラン/呉永雅訳/リトルモア/¥1,800

韓国の女性アーティストによるエッセイ集。近年、日本と韓国の距離はどんどん縮まっており、日本のアーティストのエッセイだと言われて読んでも違和感がないくらいに私たちはもう似てきている。クリエイターの友人らと馬鹿騒ぎをしながら過ごすソウルの日々。だが主人公はいつも何かを悲しんでいる。大好きな友人を思ったり、自分を十分に愛さなかった家族のことを考えたり、死におびえたり、自分がこの世に必要なのかがわからなくなったり……。理由はさまざまなのだが、いつも泣いている。

自信たっぷりのかっこよさと少女のような不安定さが同じ温度で文章を駆け巡る。きっと彼女みたいな人が近くにいたら面倒だろう。でも実際に会ったら、赤ちゃんみたいなまっすぐさにどっぷり魅了されてしまいそうで怖い。街中のカフェでこの本を読んだ後、ふと顔を上げれば、それまで平坦にのっぺりとしていた新宿も渋谷も激しい色彩になって、映画の中を生きているような気分になってくる。ふたつの都市を越えて、私たちは大人になれないまま生きるのだろう。

≫はなだ・ななこ=日比谷コテージ店長。実体験を綴った自著『であすす』(略)が発売中。

Edit: Satoko Shibahara

GINZA2019年2月号掲載

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