昭和の喫茶店を紹介しつつ、その店をイメージして聴きたくなる80年代の名曲を80s好きライターの水原空気がレコメンド。Vol.8は独創的な空間が光る「つるや」の喫茶建築とフレンチ仕込みのオムライスをご紹介。
前回訪れたのは平井「ワンモア」。
昭和の喫茶店を紹介しつつ、その店をイメージして聴きたくなる80年代の名曲を80s好きライターの水原空気がレコメンド。Vol.8は独創的な空間が光る「つるや」の喫茶建築とフレンチ仕込みのオムライスをご紹介。
前回訪れたのは平井「ワンモア」。
都立家政「つるや」
「つるや」は、早稲田大学の名誉教授であり西武球場や所沢聖地霊園などを手がけた建築家の故・池原義郎氏が、家族のために造った私的店舗空間。早稲田大学の建築学科の生徒をはじめ、建築を学ぶ学生が足しげく通う、知る人ぞ知る喫茶建築の名店だ。 例えば、入り口の仕切り壁の曲線は、鶴の体のカーブを思わせ、細木をつないだ波打つ天井はあえて直管蛍光灯を使い、白く光る様は鳥が飛び立った軌跡のよう。珍しい大きな木枠の窓は、中庭の緑を自然な距離感で室内に取り込む。「でも、大伯父から具体的なデザインのイメージは聞かないままだったので、解釈は見る方それぞれにお預けしているんです」と語るのは3代目店主の渡部みゆきさん。
店内に一歩踏み入れると、天井の直線と仕切り壁の曲線、大きな窓、ガラスブロックの採光など、いくつもの大胆なつくりに目を奪われる。植物のグリーンと木目のバランスも絶妙で、とても居心地がいい。
1969年に竣工開店した「つるや」のもう一つの名物は、開店当初から出されている手作りの喫茶フード。なかでも人気なのがカニピラフを使ったふわトロのオムライスだ。考案されたのは最近かと思いきや「オープン当時に、練馬の人気フレンチのシェフに1か月ほど通っていただき、直々に伝授いただいたレシピなんです。マッシュルームやタマネギを2日間煮込んで本物のカニ肉と一緒に作るんですよ」と渡部さん。60年代にこんな盛り付けがなされていたとは! シェフは、渡部さんの小学校の同級生の御父上でもあるのだそう。慌ただしい日々の中で、年月を経ても守られてきたハイカラな味に感服。
「つるや」という店名にちなんだかどうかは謎だが、空を駆け抜ける鳥のようにも見えるミックスサンドや、上質な肉を使った手作りハンバーグも見逃せない。こちらも1969年オープン時から変わらない盛り付けと味だ。
ドリンクも充実。あっさり味のアイスクリームを使ったクリームソーダは、庭から差し込む自然光がその美しさを際立てて、なんとも優美。コーヒーは店主のこだわりで、ランチタイムも一杯ずつ豆を挽いてからハンドドリップで淹れている。
定番のサクランボがちょこんと上に乗ったクリームソーダは、昭和の景色がそのままで、いつも平和な気分にさせてくれる。
この店の帰り道に聴きたい80年代の名曲
『星のクライマー』
麗美
今回のおすすめは、麗美の1984年のアルバム『R』から『星のクライマー』を。天空を鳥がははだくようなイメージのサウンドに、麗美のたおやかなヴォーカルで、ユーミンが冒険家の植村直己さんに捧げた詞が歌われる。その人が何を夢見て生きてきたかは簡単にわかることではないけれど、その足跡を追うのは、とても意味のある時間だから。
水原空気のひとこと
「つるや」を訪れたら、池原義郎の手がけた建築物を調べてみよう。坂田市美術館やグランドプリンスホテル広島などの名作が多数。最上川や坂田市一望の丘でアートを楽しんだり、瀬戸内海を臨む喫茶室で朝食を食べたり。想像するだけで胸が高鳴る。光や自然を身近に取り込む池原さんの世界を、もっと知りたくなる。都立家政の希少な空間から、建築の世界や懐かしい音楽にも翼を広げてみたい。
80年代好きライター。夏の扉を開け秘密の花園へ時をかける探偵物語。GINZAウェブ「松田聖子の80年代伝説」でインタビュアーも。