胸?肌?が、ざわつく。微かな風が肌を撫でてぞわっとすることがある。あるいは、何かの気配を感じた時。塩田千春の作品を見ると、そういう感触がこみあげてくる。
ベルリンを拠点にグローバルな活躍をする塩田千春の過去最大規模の個展が、森美術館で開催されている。記憶、不安、夢、沈黙など、かたちの無いものを表現したパフォーマンスやインスタレーションで知られる塩田。ざわついた、のは、彼女の代表的なシリーズである、黒や赤の糸を空間全体に張り巡らせたダイナミックなインスタレーションに包まれた時の感想だ。
塩田千春《時空の反射》2018年 コミッション:Alcantara S.p.A.
展示風景:「時間を巡る9つの旅」 パラッツォ・レアーレ(ミラノ)2018年 撮影:Sunhi Mang
おびただしい数の糸が空間全体に張り巡らせたインスタレーションは、小舟やピアノ、椅子、洋服などに結び付けられている。なのに、どうしようもなく、「人の身体」を感じる。赤い糸は血管や神経みたいだし、黒い糸は、宇宙的とも、逆に自分が内に秘める未知の感覚のようだ。目で確かめることのできないあふれる感情が、可視化されていることに戸惑ってしまう。
《静けさのなかで》2002/2019年 焼けたピアノ、焼けた椅子、Alcantaraの黒糸
サイズ可変 制作協力:Alcantara S.p.A. Courtesy: Kenji Taki Gallery, Nagoya/Tokyo
展示風景:「塩田千春展:魂がふるえる」森美術館(東京) 2019年 撮影:Sunhi Mang
画像提供:森美術館
身体とのつながりは、初期の作品にうかがえる。塩田は京都精華大学で絵画を専攻していたが、海外に留学すると、ドローイングやインスタレーションなど、積極的にメディアを拡張していった。そして、「絵のなかに自分が入っている夢をみた」ことをきっかけに、身体に絵具を塗り、シーツを使ったパフォーマンス《絵になること》を実施、その後ドイツに留学した塩田は、本格的に身体を使ったパフォーマンスを始める。
真っ赤な絵の具を全身にかぶったり、お風呂場で泥をお湯のように浴び続けるパフォーマンスは、怖しいくらいの緊張感。でも、そこまでして、身体や自分自身と向き合おうとする作家自身の切実な姿が、胸を打つ。