はじめまして、ザ・クラシックス~「文楽」を楽しむコツ

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そろそろ知っておきたい古典の世界。ミチルさんと一緒に探求しよう。


太夫の語りに身をゆだねてわかる江戸のリアル

文楽、人形浄瑠璃といえば、3人がかりで人形を操り演じる、伝統的な人形芝居というイメージが一般的だろう。ところが劇場で実際に観てみると、状況説明から登場人物のセリフまで、義太夫節ですべてを語り聞かせる「太夫たゆう」が舞台の主導権を握っていることがわかる。文楽は太夫・三味線・人形遣いの「三業一体」といわれる芸能で、それぞれに大事な役割があって、その調和が大きな魅力だけれど、その中でも太夫はいわば吹き替え声優でもありシンガーでもありナレーターでもあり、さらには監督や演出家的な側面も担っている。だから初心者はまず太夫の語る「物語」にフォーカスしてみたい。

文楽の物語は大きくわけて、武家のお家騒動や歴史的事件を扱った「時代物」と、町人のリアルタイムな事件を脚色した「世話物」がある。初めて観るなら世話物がよいと思う。世話物の元祖は近松門左衛門作の『曽根崎心中そねざきしんじゅう』。大阪で実際にあった心中事件を芝居に仕立て、事件からわずか1カ月後に上演したという。ワイドショーでの再現ドラマのようなもので、教養や古典というより、当時の世相を反映した娯楽そのものだった。それも、興味本位の見世物に終わらず、身につまされる心情表現や普遍的なテーマを織り込んだから大ヒットしたし、後世に残る芸能になったのだ。

たとえば『女殺油地獄おんなころしあぶらのじごく』では、金の無心を断った顔見知りの女を殺すという放蕩息子が主人公。『心中天網島しんじゅうてんのあみじま』は、しがない商売人の男と遊女の心中事件に、男の妻と遊女との女同士の義理というテーマが絡まってくる。文楽に描かれる世界は、現代の倫理観や人権意識をもってみると、なかなかにキビシイ。どうしようもないダメ男がやたら出てくるし、心中する理由も些細すぎるように思えるし、封建社会で忠孝の縛りがキツく、理不尽な展開も多い。けれど、そういった物語を、文楽では人間ではなく人形が演じるから、視覚的な生々しさが抑えられ、残虐なシーンも存分に表現できる。憎たらしさや非道さも、そういうものだと納得しやすい。

歌舞伎と文楽は共通する演目も多いが、生身のスターや華やかなビジュアルといったお楽しみ要素が多い歌舞伎と違い、文楽は演者のキャラクターに寄りかからない、つまりある意味で匿名的でミニマルな表現だ。そのため、こちらから演じられる物語に近づいて理解することが大事。でも、そんなに難しく考えなくていい。古典とはいえ江戸時代の言葉は比較的わかりやすいし、国立劇場の文楽公演や国立文楽劇場では字幕も出るから、わけもわからず置いていかれることはないはずだ。

語りを聴くといっても、小説の朗読とはやっぱり違う。竹本住大夫すみたゆうは義太夫節を「腹力と、イキと、おん」と言っていた。音楽的な抑揚もあるし、太夫は体力勝負だ。太夫は劇場の隅まで語りを届かせるため、お腹に腹巻きをして砂袋を抱え、低い尻引を敷いて座る。そうして存分に情感を乗せて説得力を増した太夫の語りと三味線の響き、魂の宿った人形の動きがつくりだす空間に浸っているうちに、「わからないのにわかる!」という不思議な境地に到るのだ……。

文楽がつくられた江戸時代の道理や美意識やリアルな部分を、現代目線でバッサリ断罪するのではなく、いったん受け入れてみる。世界は善意にくるまれた幸福だけでなく、愚かで可笑しくて美しい。これも人間なのだと文楽は教えてくれる。

Illustration: Yuka Okuyama Text: Utako Saruta 

GINZA2018年11月号掲載

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