NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の3代にわたるヒロインを考察する全3回のミニ連載です。時は過ぎて1983年、物語はいよいよ3代目ヒロイン、ひなた(川栄李奈)編に突入。深津絵里が演じたるい編をドラマを愛するライター・釣木文恵が振り返ります。第1回安子(上白石萌音)編はこちら。
『カムカムエヴリバディ』3代ヒロイン考察2 娘として母として物語を繋ぐるい(深津絵里)の輝き
ひたいの傷=心の傷を負ったるい
昨年末の放送で、安子(上白石萌音)とるいの決定的な断絶が描かれた次の瞬間、るい(深津絵里)は18歳になっていた。
おじとキャッチボールをしながら独り立ちを宣言するはつらつとした姿がるいのファーストシーン。そして家を出たるいの、ミュージカルさながらの演出で描かれた大阪初日。安子編終盤の鬱屈とした日々から一転、高度経済成長期に突入しつつある時代の空気のなか、希望に満ちるるいの姿は明るく、まぶしかった。
クリーニング店で住み込みで働くことになったるいは、仕事にも真剣に取り組み、店主からも、客からも愛される。けれど肝心なところでいつも、彼女は額の傷のせいでつまづく。そもそも大阪に出てすぐ、「髪をあげてみて」と言われて就職面接を飛び出している。初めて淡い恋心を抱いた春彦(風間俊介)とも、額の傷を見られてしまったせいでうまくいかない。この傷は、るいの心の傷だ。傷を見られるのが嫌で先んじて逃げ出す。あるいは、傷を見て驚きつつも気にしない風を装う相手にショックを受けて去る。春彦のリアクションは決してひどいものではなかったように思うけれど、るいにとっては傷を見られてしまったこと自体がもう苦しかったのだろう。
やがてるいはトランペッターのジョーこと大月錠一郎(オダギリジョー)と惹かれあう。けれどもジョーに思いを伝えられたるいは、はっきりと答えられない。大切なトランペットコンテストの直前、その衣装を選びに行った先で答えを迫るジョーに、るいは無言で傷を見せる。ジョーは無言で前髪を直し、るいを抱きしめる。彼女が求めていた正解は、言葉ではなかったのだ。
初代と三代目をつなぐ役割を体現した
ジョーはコンテストでトミー(早乙女太一)をくだして優勝し、優勝記念のレコーディングとコンサートのため東京に行くが、そこでトランペットが吹けなくなってしまう。ジョーが追い詰められていたことを知ったるいは「一緒に苦しみたかった」と伝え、海に入ろうとしたジョーを抱きしめて「私が守る」「あなたと二人で日向の道を歩いていきたい」と伝える。恋についてはずっと受け身だったるいがここで見せた強さに、安子の面影が重なる。
ジョーと出会って、るいは頻繁に母のことを思い出すようになる。ジョーの「サッチモちゃん」という呼び方には、母に言い聞かされたじぶんの名前の由来を思い出さずにはいられない。ルイ・アームストロング「On The Sunny Side Of The Street」はジョーとるいの二人をつなぐ大切な曲だ。そしてジョーを救おうとするるいの「日向の道を歩いていきたい」という言葉を、私たちはかつて安子から何度聞いたことだろう。
結婚して京都で暮らすことになったジョーとるいの二人。るいは回転焼き(大判焼き)の屋台を見かけ、自分も回転焼きの店を開くことを決意する。るいが強さと伴侶を得てたどりついたのは、安子が女手一つでるいを育てる手段だった、あんこを扱う仕事。おまじないの言葉もしっかり覚えていた。母と同じ道を歩むと決めたとき、るいは言う。
「わかる時が来るかもしれへん。なんでお母さんが私を捨てたんか」
やがて生まれた娘・ひなたとともに、これまた母との思い出のあるラジオ英会話にも再会するるい。母との思い出をなぞっていく中で、少しずつ頑なだった心がほどけていったのかもしれない。
そしてひなたから額の傷を「旗本退屈男みたいでかっこええな」と言われたとき、るいの母に対するネガティブな気持ちは癒えたのではないだろうか。その救いがあったからこそ、るいは途中で英会話を放り出し後悔するひなたに「いつかきっとひなたの人生が輝く時が来る」という言葉をかけられたのかもしれない。母との関係で傷つき、娘によって救われる。三代続くドラマの、初代と三代目をつなぐ役割を、るいは体現したのだ。
自然に年齢を重ね、母として居続けるるい
深津絵里は、るいを演じていて年齢を感じさせなかった。「18歳に見える」というのともちょっと違う、彼女自身がもつ輝きで、違和感なくそこにいた。彼女は演劇にも度々出演しているけれど、演劇はドラマよりはるかに年齢の壁がない。そう思うと、最初の頃、たびたび挟み込まれたミュージカルのような演出は、違和感の解消に一役買っていたかもしれない。
そう、ベリー(市川実日子)の存在も大きかった。るいとベリーの二人が並んでいると、なおさら年齢を越えた魅力があった。ジョーやベリー、トミーのいるジャズ喫茶のシーンはファッションも含めこの時代の魅力が詰まっていたし、4人のダブルデートは、映画『アメリカン・グラフィティ』のようだった。
るいとひなたは、良好な親子関係を築いている。だから、ひなた編に入ってもるいは母としてそこに居続ける。ジョーもずっといる。トランペットを失ったジョーの、「何者でもない」ままそこにいて、家族を愛している姿はとても心強い。安子が戦争で稔を失ったことを思うと、家族全員一緒にいて、ジョーがとりたてて別の仕事をしているようには見えなくても回転焼き屋で子どもを育てられていて、いい時代になったなと感じる。
るい編は、安子編に比べたら穏やかだった。家族が戦争で死ぬこともない。家柄の違いで悩むこともない。けれどもるいは愛する人の悲しみに寄り添って、精一杯に生きてきた。深津が起用された理由はさまざまあるだろうが、18歳のひなたが登場しても、るいがひなたの母としてやはり違和感なくそこにいる姿を見ると、るいは彼女でなければならなかったと思う。10代のときから自然に歳を重ねて、母となったるい。ひなた編に入り、ひなたのこれからを楽しみにしながらも、母親としてひなたを支えつつ自身の人生を生きるるいを見守り続けたい。
脚本: 藤本有紀
演出: 安達もじり、橋爪紳一朗、深川貴志、松岡一史
出演: 上白石萌音、深津絵里、川栄李奈(3代ヒロイン)他
語り:城田優
音楽:金子隆博
放送: 毎週月〜土午前8時~、再放送午後0時45分~(土曜日は一週間の振り返りを放送)
主題歌:AI「アルデバラン」
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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Illustrator まつもとりえこ
イラストレーター。『朝日新聞telling,』『QJWeb』などでドラマ、バラエティなどテレビ番組のイラストレビューを執筆。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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