3人のヒロインが演じてきたNHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』。時を経て登場した初代ヒロイン・安子は、上白石萌音から森山良子にバトンが渡されていましたが。物語終盤は、森山良子演じる「アニー・ヒラカワ」が安子なのか違うのか、SNSでもちょっとした推理合戦が繰り広げられました。感動の最終回から一週間、あらためてドラマを愛するライター・釣木文恵が100年を紡いだヒロインたちを振り返ります。
第1回安子(上白石萌音)編、第2回るい(深津絵里)編、第3回ひなた(川栄李奈)編も合わせてお読みください。
最終考察『カムカムエヴリバディ』3代ヒロイン。岡山なまりになった瞬間、アニーヒラカワ(森山良子)は安子になった
3人のヒロインが集結する終盤
4月8日、ヒロイン3人がバトンを繋ぐという異例の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』がその幕を閉じた。
物語は大正時代からはじまる。1925年生まれの初代ヒロイン・安子(上白石萌音)は戦争と家に苦しんだ。1944年生まれの二代目ヒロイン・るい(深津絵里)はそんな母と決別し、長じて家からは自由になったものの、顔の傷と恋とに悩んだ。1965年生まれの3代目ヒロイン・ひなた(川栄李奈)は自分の性格に落ち込みながらも好きなことを仕事にして生きている。
ひなた編に突入してからは、もちろんひなたの人生も描かれたが、終わりに近づくにつれ、安子とるいの物語もふたたび動きはじめた。るいが長年交流していなかった岡山の面々が登場するようになった。まず算太(濱田岳)がひなたのもとに現れ、るいの母への誤解をとくきっかけを与える。それを機にるいは実家である雉真家を久しぶりに訪ね、おじの勇(村上虹郎→目黒祐樹)、勇と結婚した雪衣(岡田結実→多岐川由美)と再会する。
すんなりと受け入れられた森山良子の安子
放送も終盤の102回で、歳を重ねた安子がアニー・ヒラカワとして再び登場する。彼女が安子であるかどうかは、長く明かされない。視聴者は回を重ねるごとに「これは安子か」「やっぱり違うか」をミルクボーイの漫才のごとく繰り返した。そして、登場以来英語でしかしゃべっていなかったアニーは、突然安子として岡山弁で話し始める。そのきっかけは、このドラマに横たわる太い軸であるラジオだ。るいはラジオから何十年ぶりかに母の声を聞く。
算太のように同じ役者が老いた姿で出る登場人物もいるなかで、目黒祐樹&多岐川由美コンビの登場には最初こそ面食らったが、それが結果的には安子として登場した森山良子をすんなりと受け入れられる下地にもなった。森山良子のキュートながら芯のある感じは、上白石萌音の築いた安子像に違和感なく当てはまった。アメリカで長く暮らし、キャスティング・ディレクターとして堂々たる振る舞いをしていた安子がふいに岡山なまりになった瞬間、安子のあの困ったように笑うときの柔らかさが滲み出てきた気がした。
安子の正体が明らかになるラジオをつけたのは、英会話でラジオに親しんでいたひなた。その後、アニーをるいに会わせたのもひなた。
アニーは、大月の回転焼きの味をきっかけに、ひなたがるいの娘であり、自分の孫と気づいていた。再会すべきかどうか迷いながらも、るいが歌うイベント会場の前まで訪ねて来たアニーだったが、ひなたに見つかって逃げ出してしまう。ひなたは、長い距離を走ってアニーに追いつき、捕まえておんぶして会場まで連れ戻したのだ。
安子の孫娘が、母と祖母の仲を取り持ったことになる。ひなたはヒロインであると同時に、これまでのヒロインをつなぎ、この物語をきれいに畳むための重要な役割も担っていた。
ひなたがバトンを渡すのは
最愛の娘・るいに「I hate you」と告げられたきり姿を消した初代ヒロイン・安子。彼女が再会したるいにかけられた言葉が「I love you」なのは、なんと美しい展開だろう。そしてるいがおでこを出し、薄くなった傷を堂々と見せて歌っている姿は、安子にとってどれほど救いになったことだろう。るいの発した「hate」は、安子にとっても、そしてるい自身にとっても呪いのような言葉だったに違いない。その呪いが、ひなたの尽力もあってようやく解けたのだ。
思えば、過去にふたたびスポットライトがあたりはじめた最初のきっかけは、錠一郎(オダギリジョー)がトランペットを取り出したことだ。ひなたも桃太郎(青木柚)も全く知らない父の過去。その姿を子どもたちに見せたことで、物語は動き始める。錠一郎がもう一度音楽に向き合い、ピアノに転向することがなければるいが歌うこともなかった。
安子のもとに生まれ、父を知らずに育ち、愛する夫と添い遂げることになるであろう、るい。るいは高度経済成長期にあって貧しいながらも2人の子供を育てあげた。家族に恵まれたといっていいだろう。そんな彼女のもとに生まれたひなたは、自らの人生を掴んだ。ドラマが終わった時点ではおそらく未婚で子どももいない。けれどとても幸せそうに見えたのはうれしかった。
100年の物語は、第112回、2025年にひなたが「レッスン112」でNHKラジオ英会話の講師を終えたところで終了する。激動の時代を生きてきたヒロインたちは、いま現在も生き続けていることになる。3人はそれぞれの苦しみや悩みを抱えながら生きてきた。いわゆる「朝ドラヒロイン」イメージのように、”ちょっとドジだけど底抜けに明るく前向き”というわけでもない(若い頃のひなたに、多少その雰囲気はあったけれど)。ときに深く落ち込み、思い通りにならないことがあり、別離はなかなか解消されない。けれども3人ともが、その時代を精一杯に生きてきたことだけは間違いない。それぞれの時代とともに生きた3人のヒロインの、そのバトンをひなたから受け取ったのはたぶん私たちだ。
脚本: 藤本有紀
演出: 安達もじり、橋爪紳一朗、深川貴志、松岡一史
出演: 上白石萌音、深津絵里、川栄李奈、森山良子 他
語り:城田優
音楽:金子隆博
2021年11月1日〜2022年4月8日(全112回)
主題歌:AI「アルデバラン」
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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Illustrator まつもとりえこ
イラストレーター。『朝日新聞telling,』『QJWeb』などでドラマ、バラエティなどテレビ番組のイラストレビューを執筆。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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