“インドの大きな家の美術館”へようこそ
女性写真家、ダヤニータ・シンの個展が開催
インドの現代美術を代表するアーティストのひとり、ダヤニータ・シン。彼女の展覧会が、東京都写真美術館の総合開館20周年記念展として大規模に開催される。
もともとは報道写真家としてそのキャリアをスタートさせたダヤニータ。異国情緒が求められる報道写真に疑問を感じた彼女は、作家として独立することを決意、それからは、対象の内面が感じられるようなインティメイトな写真へと移行していく。
〈マイセルフ・モナ・アハメド〉は、ユーナック(去勢された男性)のコミュニティに住むモナ・アハメドのポートレートを長年撮り続けたシリーズだ。インドでは社会の周縁に追いやられてしまっているユーナック。そんな状況のなか、男性でも女性でもない「第3の性」を生きるモナの静かなまなざしに心奪われる。驚くべきは写真に漂う親密さ。階級がしっかりと残るインドでは、ユーナックのモナと富裕層出身のダヤニータが出会うことはありえないこと。けれど、そんな二人が繰り返し語り合うなかで生まれた友情が、モナの本当の姿を写させている。ほかにも、ヒンズー教の修道院にいる少女たちのポートレートから、インドの女性たちの姿が浮かび上がる。
ぜひ見てもらいたいシリーズが〈ファイル・ミュージアム〉。こちらは、インドのさまざまな場所の“紙の束”を写したシリーズだ。丁寧に束ねられ公文書のアーカイブがあるかと思えば、目的のものは永遠に見つけられなさそうな、雑に積まれただけの紙の束もある。アントニオ・タブッキの小説『インド夜想曲』のワンシーン、ゴミの山のように詰まれた病院のカルテを思い出させる。
今回の一番の見どころは、展覧会のタイトルにあるとおり、ミュージアムと名付けられたシリーズの数々。インドらしいチーク材で作った蛇腹式の衝立に、テーマごとに選ばれたこれまでの作品をはめ込んである。この衝立自体を「美術館」と呼んでいる。コレクションはダヤニータの写真。キュレーターも彼女が務める。展示替えもある。違うところは、これらが“ポータブル”な美術館だということ。
ダヤニータは、アートブックを手掛けるシュタイデルとコラボレートして凝った写真集をいくつか出版している。写真のセレクトのみならず、装丁やパッケージにもこだわったもので、まさに写真集そのものが作品になっている。考えてみれば、ミュージアムのシリーズも写真集も、どちらも彼女の写真をあるコンテクストでまとめたもので、ポータブルなところも共通している。そう、彼女のやっていることには一本のぶれない筋がある。
その時々の彼女の考えやアイデア、気分で、そのまとめられ方は変わり、写真の見え方もドラスティックに変化する。もしかすると、一点一点の写真が伝えることよりも、どうやってまとめるかに彼女らしさが出るのかもしれない。ハイセンスな編集術をとおして、彼女が見つめるリアルなインドを楽しみたい。
ダヤニータ・シン
1961年、ニューデリー生まれ。アーメダバードの国立デザイン大学に学んだ後、ニューヨークでドキュメンタリー写真を学ぶ。89年から8年間にわたり、ボンベイのセックスワーカーや児童労働、貧困などインドの深刻な社会問題を追いかけ、彼女が言うところの「西欧が認識するインド」を写した。1990年代後半にフォトジャーナリストとしての仕事を辞め、自身が属するインドの富裕層やミドル・クラスへとテーマを転換。以後、写真のメディアとしての可能性に挑戦する作品を多数発表している。世界各国で個展を開催するほか、ヴェネチア・ビエンナーレ(2011年、2013年)やシドニー・ビエンナーレ(2016 年)などの数々の国際展に招聘されている。
「ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館」展
2017年5月20日(土)~7月17日(月・祝)
会場:東京都写真美術館 2階展示室
開館時間:10:00 〜 18:00(木・金は20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日(ただし7/17[月・祝]は開館)
観覧料:一般 800(640)円、学生 700(560)円、中高生・65歳以上 600(480)円
※( )は20名以上の団体料金 ※小学生以下および都内在住・在学の中学生、障害者手帳をお持ちの方
とその介護者は無料 ※第3水曜日は65歳以上無料
*関連イベントほか、詳細についてはウェブサイトをご覧ください。