展示室に、プロジェクターの光に照らされた1枚の絵がかかっている。近くと、自分がその光をさえぎてしまい絵がよく見えない。同時に、見るべきはこの「絵」ではないと気づく。窓辺の木漏れ日、淡いグリーンのロールカーテン、鑑賞者たちの影。繊細なバランスの上に立つこの空間こそ、観るべきものなのだと。
作者であるリー・キットは台北(タイペイ)を拠点に活動するアーティスト。2013年にヴェネチア・ビエンナーレ香港館での作品が話題となって以降、国際的な注目を集めている。絵の具で格子柄を描いた布をテーブルクロスとして使ったり、絵を何度も洗って風合いを出し、カーテンのように掛けてみたり。初期の作品は絵画の概念を広げる革新的な試みだった。近年は、空間全体をひとつの絵画のように仕上げるインスタレーションを制作する。
どの展示室も置いてあるものや映像はわずか。でも、ロールスクリーン越しに差し込む柔らかい陽射しと、慎重に据えられたプロジェクターの光が相まって、空間に一体感が生まれている。絵や映像には意味深な言葉が1行か2行。彼がほんの少し手を加えたことで、観る方は空間そのものにどんどん敏感に、注意深くなる。壁を照らす光、木製のフローリング、コツコツという足音、他人のひそひそ話。
都市で生活しているち、いろんなものに目をつぶり、聞かないようにすることの方が多いように思う。でも、生粋の都市生活者であるキットの作品は、それとは逆。都市で生きる時、目を凝らし耳をすませて、何を拾い上げるべきかを教えてくれる。がむしゃらにではない、とてもスマートなやり方で。