冤罪事件について、検察の主張が正しくないと確信する恵那(長澤まさみ)と拓朗(眞栄田郷敦)。二人は判決を覆すことができるのか。『エルピスー希望、あるいは災いー』2話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。1話のレビューはこちら。
『エルピス』2話。報道が真実を伝えないことに慣れてしまった私たちに、あの時の映像が
突きつけられる「女子アナ」の役割
「浅川恵那が何に注目してるかを決めるのは浅川恵那じゃないの。浅川恵那は俺らが浅川恵那が注目していることにしたいニュースを、あたかも本当に注目している人みたいに読むための人なの」
2話開始早々、浅川恵那(長澤まさみ)と視聴者はプロデューサー・村井(岡部たかし)からテレビの、女子アナという職業の現実を突きつけられる。自身の名前を冠した「エナーズアイ」というコーナーを持ちながらも、そこで取り上げる話題の選択権は恵那にはない。
それでも、1話で恵那に話を持ちかけてきた岸本拓朗(眞栄田郷敦)が離脱後も、恵那は少女連続殺人事件の冤罪疑惑を追い続ける。チェリー(三浦透子)から直接話を聞き、死刑囚である松本良夫(片岡正二郎)の無罪を信じて、事件当日の松本の足取りを追ってみる。
そんな恵那に、再び拓朗が声をかける。「国家権力と闘っても勝てる気しないっす」と言い放ち、「覚悟はないけど手伝いたい」とふんわりとしたことをいう拓朗に、恵那は同じように松本の動きを再現させる。チェリーの誕生日に、食材とケーキを買って、カレー(ルーが甘口なところに松本の愛情を感じる)を作るという、松本の一日。検察側はその間に松本がべつの少女を殺害していると主張しているが、拓朗は犯行が無理だと確信する。なぜなら、どうしてもケーキがぐちゃぐちゃになってしまうから。
拓朗は早速、恵那に電話でそのことを伝える。拓朗の後ろには、松本宅に張られた黄色い「KEEP OUT」のテープ。電話のあと、無実を訴える松本の手紙を読んでつぶれたケーキを食べ「ふふっ、うめえ」とちいさく笑う拓朗の表情が印象的だ。もしかしたらこのとき拓朗は、初めてKEEP OUTのテープの向こう側に踏み込む覚悟をしたのではないだろうか。
拓朗と斎藤、口先だけなのは?
2話では、ふたりの男が恵那の自宅を訪れる。ひとりは拓朗、もうひとりは恵那の元カレ・斎藤正一(鈴木亮平)だ。
冤罪事件に関わる決意をしたかに思えた拓朗だが、恵那が検察の主張どおりに作った、野菜に火の通っていないカレーを食べながら「やっぱりマスコミがひどかったみたいですね」と他人事のように言い、「やっぱ、正義のために行動するってめっちゃ気持ちいいっすよね」と薄っぺらい発言をかます。
恵那は「君ってさ、いいこと言えば言うほど嘘っぽいよね」と言い、アナウンサーである自分は発言が「本当のこと」に聞こえるよう発声の練習をしたが、拓朗にはそんな小手先でなく「ふつうに正しく生きていればいいの。いい人になれば、勝手にいい声になるよ」と声をかける(ここでの長澤の発声実演もすごかった!)。
一方、斎藤は捜査の初期段階に重要視されていた、松本とは似ても似つかない男の目撃証言を伝えた流れで恵那の部屋に。断捨離でがらんとした部屋で「俺は全然まめじゃなかったし、誠実だったとも言えない。そして何より無責任だった」「あの写真が週刊誌に出たとき、俺は君を守る方法を考えるべきだった。あのときの俺は、男としてマジでクズだったと思う」と懺悔のような言葉を発する。
拓朗の「いいこと」は薄っぺらいけれど、きっと彼自身は本気で思っていることなのだろう。斎藤こそ「嘘っぽい」、口先だけの発言に思えてしまうのは、疑いすぎだろうか。
恵那は斎藤に、写真を撮られたからだめになったのではなく、「私はあのずっと前からもうだめになっていたんです」と言う。続く発言で斎藤が女癖が悪く、恵那を本気で愛していなかったこと、そしてそれに恵那本人が気づいていたこともわかるが、それでも恵那は「プロポーズしてもらって、結婚を機に退社ってことにできれば、それで勝ちだと本気で思ってた」「自分がどれだけ狂ってたか、やっとわかりました」と告白する。
それを聞いた斎藤はいたたまれず帰ろうとする。そこでふと自分の胸に寄り添いながらもすぐに離れた恵那を見送ったあと「はぁ〜、何なんや」とつぶやく。この「何なんや」だけは、1話から通して初めて、斎藤の本気の声かもと思えた。
実際の報道映像、それに驚く私たち
恵那は松本を支援するマスコミ嫌いの弁護士・木村(六角精児)に自分のことを話す。「自分があたかも真実のように伝えたことのなかに本当の真実がどれほどあったのかと思うと苦しくて苦しくて」「私にはいま、罰が当たっているんだと思います」。
それに続いて流れた映像には驚かされた。原発事故直後に「問題ありません」と語る専門家。IOCでの首相スピーチについて、東京五輪決定について“トレーニングした、真実に聞こえる声”で伝える恵那の映像。TVerでは静止画になっていたが、実際の放送ではそこに重ねて安倍首相(当時)によるIOCでの「アンダーコントロール」発言と、2020年のオリンピック開催地発表時の映像がしっかりと使われていた。それに続き、被災地からの中継で、周りの子どもたちに「みんな、オリンピック決まってよかったねー!」と笑顔の恵那。
「どんな大変なことが起こっても、世界がどんなに混乱していても」「ぴしっと背筋を伸ばし、正しい真実を伝えてくれる」キャスターを目指しながら、実際は真実のフリをした報道の一翼を担っていた恵那は、今もなお自分を責め続けている。けれど、そんなふうに思い詰めている人がどれだけいるだろうか。日々報道を受け止めている私たちにしたって、報道が真実を伝えないことに慣れてしまっている。テレビは都合の悪いことを放送するわけがないと信じている。だから、ドラマにこうして実際の映像が流れることに驚くのだ。
3話のナレーションは誰に?
1話で、若い女性AD(天野はな)から村井のセクハラやパワハラ、モラハラを「何で流すんですか」「怒ってくださいよ、下の人間のためにも」と責められた恵那。2話で「『更年期』はセクハラなんでやめてください」とちゃんと怒った。冤罪事件に向き合うと決めたことで、周りとの関わり方自体が変わったのかもしれない。
このドラマでは、登場人物の秘密や語り手の胸の内など、ナレーションで明かされることがいろいろある。たとえば1話では拓朗がナレーションで、エリートを自認する彼が「僕は善人じゃない」と思うに至った事件があったこと。2話では恵那が語り手となり、自分の番組『フライデーボンボン』を「才能なくても頑張らなくても生きていける場所」と言ったり、拓朗の様子を見て「自分をいい人と思ってないのかな」と考えたり。ここまでは事件に主体的に関わる登場人物がナレーションを担当していたが、3話のナレーションは誰になるのだろう。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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