冤罪事件の取材を諦めた浅川恵那(長澤まさみ)と、取材にのめり込んでいく岸本拓朗(眞栄田郷敦)。二人の温度差は開くばかり。拓朗は今度こそ、ゆるぎない真実を掴む?『エルピスー希望、あるいは災いー』5話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。4話のレビューはこちら。
雑炊をかっこむ名シーン!『エルピス』5話。無精髭の眞栄田郷敦が真実を暴く
「人生狂う」ほど真相究明にのめり込む拓朗
そもそも、松本死刑囚(片岡正二郎)冤罪疑惑は、岸本拓朗(眞栄田郷敦)から浅川恵那(長澤まさみ)に持ちかけた話だった。けれど拓朗が事件の重さに一歩引いたときにも、恵那はぐんぐんと取材を進め、拓朗は腰が引けたままにそれを手伝った。そして今、再審請求棄却に心の折れた恵那は事件から手を引いた。今度は拓朗が一人で真実に近づく番となった。
松本逮捕のきっかけとなった西澤(世志男)の目撃証言について調べ直す拓朗。正義のために突っ走った恵那とは違い、拓朗は「そうしているのが一番ラクだったから」と、事件取材に夢中になっている。
「そこにきっと何かあるという僕なりの直感。とかは何もなくて、とりあえずがむしゃらに動いていたかっただけだ。手当り次第にぶつかっていたかった」
結果、金属バットを振り下ろされそうになるような危険を乗り越え、西澤と別れた妻・由美子の取材に成功。目撃証言は嘘であること、証言後にお金が振り込まれるようになったことが明らかとなる。
にしても、真実を追求するたいへんさよ! このドラマで事件の真相解明のために走っているのは、いつも自分を責め、挙げ句に食べ物さえ受け付けなくなった状態の人間だ。
「あんまり一個の事件にのめり込むなよ。人生狂うぞ」。いつも端正なスーツ姿の斎藤正一(鈴木亮平)が軽い感じで言うその言葉に、苛立ちを覚える。いまの拓朗は、それでものめり込まずにいられないのだ。
「別人」の言葉に納得せざるを得ない拓朗の変貌
4話で自分の負けざまを見つめ直し、母(筒井真理子)を受け入れられなくなってしまった拓朗。学生時代同級生のいじめを助けてくれなかったことについて、とうとう直接母に訴える。
そこで絞り出すように母に言われた「母子家庭やから、うちは」「あらがえるわけないやん、和歌山の田舎出の成金弁護士に」の言葉がつらい。家庭の状況とか、出身とか、そういうことが重視される世界。そこで抵抗したりはみ出したりしたら、勝ち組のフリをすることさえできない。
母だって、ただワインを飲んでゆったりと暮らしていたわけじゃない。学生時代、母が友達を助けてくれなかったことは拓朗には大きなショックだったと思うけれど、助けようとしたら今度は自分の息子が不幸な目に遭うかもしれないと母はわかっている。そして、いじめ自殺のことを抱えながらも、なるべく見て見ぬふりをして生きてきたという意味では二人とも同じだ。
母との関係にはヒビが入ってしまったけれど、もう働いている大人なんだから、実家を出るのは全然おかしいことじゃないよとママにも拓朗にも言ってあげたい。
拓朗は恵那と全く同じやり方、『フライデーボンボン』内でのゲリラ放送を目論む。しかし、スタッフに差し替えVTRを渡すその手が震えている。恵那のほうが度胸があったということだろうか。あえなくチーフプロデューサーの村井(岡部たかし)に見抜かれ、VTRは差し止められる(けれど村井はこのVTRの価値をわかる人だ、助かった!)。
にしても、5話の拓朗はすごかった。無精髭、落ち窪んだ目にこけた頬、妙に浅黒くなった肌。少し前、役に合わせた肉体改造といえば鈴木亮平の得意とするところだったが、その鈴木亮平演じる斎藤正一に「別人かと思ったよ」と言わせて違和感のないまでに変化をしてみせた。
流星群とダイアモンドの相反
第4話の振り返りで、これまでのサブタイトルが反対の位置にあるように見えるもの、相容れないものを2つ並べてつけられていることに触れた。たとえば1話は「冤罪とバラエティ」「女子アナと死刑囚」、3話は「披露宴と墓参り」。ただ、5話のサブタイトル「流星群とダイアモンド」は放送を見るまでは、どちらも美しい、似通ったイメージのものに思えた。でも見てわかった、この2つもこれまでと同じように相容れないものだ。
由美子が夫からのDVに怯える日々の中で、子どもたちと一緒に見た流星群。エリートである斎藤とのプラネタリウムデートで、恵那の指に光るダイアモンド。救いのない家庭生活の中でのほんの一筋の光と、恵まれた男女のこれからを約束するかもしれないダイアモンドは相反する存在だ。そのダイアモンドを指につけてプラネタリウムで幸せそうに眠る恵那には、かつて斎藤からのプロポーズを心待ちにしていた自分に対して「どれだけ狂ってたか、やっとわかりました」と言ったときの面影はない。
斎藤が恵那を食事に呼び出したときの、斎藤の話術がすごかった。
「フライデーボンボンの女子アナが誰と飯食おうがもう誰も別に気にしねえかなと思ってさ」とひどいことを言った直後の「好きな女とうまいもん食いたい」。
ずるすぎる。結局こういう男に振り回されてしまうのか……! むしろ恵那はよく今まで流されずにいられたなと妙に感心してしまった。
斎藤と高級レストランで食べる料理を、事件を追うことをやめた恵那の体は受け入れる。ミネラルウォーターと、なぜか拓朗の前だけでは食べられるカレーだけを体に入れていたときとは違う。
ファミレスで雑炊をかっこむ名シーン
「知られたくないヤツと、教えたくなかった人と、知らなくていい人や知りたくない人に真実は嫌われて。たたかれ、押し付け合われたあげく、また闇に押し込められたまま、また世界は平和なふりして回るのだ」
そんな闇に押し込められないほどのスクープを、拓朗はとってきた。
恵那も、報道部の同期・滝川(三浦貴大)から斎藤が親密にしている副総理の大門(山路和弘)が元警察庁長官だと知らされ、そして拓朗のVTRを見て、再び目を覚ます。
「君は、ほんとうにすごいことをしたね」
「何もかも吹き飛ばせるくらい決定的で、最強の真実を君は掴んだの」
そう恵那に言われて初めて自分のしたことの大きさに気づいた拓朗が、急に空腹を感じるシーンはとてもよかった。まず鍋から直接食べて、熱くて取り皿にとって食べたのがまたよかった。人が雑炊をかっこんでる姿で目頭が熱くなったのは初めてだ。
ここには若くてきれいなボンボンガールとの甘い時間はない。けれど、拓朗は真実を掴んだ。果たしてこの真実は、世間に伝わり、世間を大きくひっくり返せるだろうか。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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