真摯な取材で事件に関わる人々の心を開かせ、真実にたどりつく岸本拓朗(眞栄田郷敦)。しかし浅川恵那(長澤まさみ)の反応は鈍い。正しさを追求してきた二人は決別してしまうのか……。『エルピスー希望、あるいは災いー』8話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。7話のレビューはこちら。
考察『エルピス』8話。拓朗(眞栄田郷敦)のモテるわけない無骨さと真摯さが真実の扉を開く
モテる瑛太VSモテない郷敦
「何もわかってないですねえ、岸本さん!」
岸本拓朗(眞栄田郷敦)の地道でがむしゃらな取材のおかげで、かつて浅川恵那(長澤まさみ)が出会った謎の男(永山瑛太)が、副総理の大門(山路和弘)と懇意にしていた本城建設社長の長男・本城彰であることが判明。ここから相当シリアスな展開になるかと思いきや、8話冒頭では周りが語る本城の危うい魅力と、それに惹かれる女心をまったく理解できない拓朗の対比に思いがけずなごまされてしまった。「何もわかってない」発言は、新聞記者・笹岡(池津祥子)によるもの。彼女のみならず、連続殺人事件の起こった八飛市の地元の主婦たちにまで「あんたモテないでしょ」と言われる始末だ。
「なんで(被害少女たちは本城彰に)ついてっちゃうんですか、ついてっちゃだめじゃないですか」
「やばいわかんねえ。女まじわかんねえ」
この感じだと、これまで自分に寄せられた好意にもほとんど気づかなかった可能性はないか? 会社の人間関係だけじゃなく、男女の機微みたいなものにもここまで鈍感だとは。でも、この拓朗の人との関係の築き方、人との距離のつくり方は、友人を救えなかった学生時代が影響しているのかもしれないと思うと、無邪気になごんでもいられない。
無骨で真摯な拓朗のかっこよさ
拓朗は被害者・中村優香(増井湖々)の友人、高岡ひかる(堰沢結愛)から本城につながる重要な証言を得る。ひかるに接する拓朗の態度は、どこまでも誠実だ。
「ぼくは今、26歳のテレビ局に勤めてる男でさ、正直、中学生の女の子がどんなこと考えてるかとか、全然わかんないんだよね。だから聞いちゃ悪いことでも率直に聞いてみるしかないんだけど……」
警察でもない、ちょっとだけいいことをしたい、正しくありたいと思っただけの人間。だから目の前に事件に関係する人がいたとしても、無慈悲に問いただすことなんてできない。目の前の人をちゃんと尊重した上で、嫌なことかもしれなくても、それでもどうしても話を聞きたい。そういう拓朗の姿勢は、大人に対するときも、相手が10代の少女であっても変わらない。友人を亡くした経験も重ね、心から少女に寄り添う。
「こんなこと言ったって何の役にも立たないのもわかってるけど、元気出して」
「いわゆる雰囲気イケメン」と呼ばれる本城とは正反対に思える、拓朗のむき出しの振る舞い。なりふりかまわずたどり着いた先で、真実にたどり着いてしまった興奮で鼻血を出してしまう情けなさ。拓朗の、モテるわけない無骨さと真摯さが、どんどん真実の扉を開く。
エリートを自認し、過去をなるべく忘れるようにしてぼんやりふんわりと生きてきた拓朗とは、まったく違う姿がそこにある。刑事・平川(安井順平)にブラフを仕掛け、脅しめいたことをしてまで真実に辿り着こうとする、その危険を顧みない振る舞いも、最初の頃からはかけ離れている。だってあのときは、「正しいことをしたい」という気持ちはありつつ、覚悟なんてぜんぜんなかったじゃないか。拓朗はこの8話のあいだに表情も、顔立ちさえもぜんぜん変わったけれど、いちばん変わったのはやっぱり姿勢だ。いまの拓朗は、かっこいい。
信じたくない恵那の変化
いっぽうの恵那は、アームチェアディテクティブよろしく拓朗に本城の調査を依頼しておきながら、次々明らかになる真実の報告に対する反応が鈍い。「忖度じゃなく配慮だ」なんてことを言うスタッフと戦いながら、少しずつすり減っていき、いつの間にかすっかり報道に染まってしまった……のだろうか。本当に?
拓朗のスクープについて局内で話すとき、恵那の座席が拓朗の隣じゃなく、「ニュース8」ディレクターの滝川(三浦貴大)側だったのがまずショックだった。本当のことがそこにあるのに、誰もが認めざるを得ないほどの内容なのに、「我々が公表したときのハレーションの大きさと責任の重さを考えたらできない」「後追いなら」という滝川の腰の引け方と責任の逃れ方にはうんざりさせられた。その滝川に同意して「『ニュース8』が目指しているのは(略)いかに堅実で丁寧な報道で視聴者の信頼を得るか」だからスクープを放送できない、と言い放つ恵那には拓朗と同じ感想を持った。
「まあいいんじゃないっすか。自分たちの立場を損ねないためだけの努力を、勝手に堅実で丁寧だとか呼んでれば」
恵那が拓朗にしたことは、直前でニュースを差し替え、恵那に「忖度じゃなく配慮」と言った「ニュース8」スタッフと同じことだ。
ただ恵那も、拓朗をはねのけるだけではない。村井(岡部たかし)を通じて週刊誌に拓朗の情報を渡し、スクープとして報道されるよう計らう。そうすることで「後追い」ができるというわけだ。現実にもこういうことがあるのか、だからあの雑誌は次々スクープを連発できるのか、なんて考えるとくらくらする。それでもきっと、どんな形であれ報道されるだけマシなのだろう。
拓朗に対する「君はお金持ちのおぼっちゃんだからさ」「だからそんな理想を言ってられるんだよ」「妥協しなきゃいけないときだってあるんだよ」という恵那の言葉は、権力を得てしまった側の言い草だ。でも、本心なのだと思う。その本心に紛れた、本人さえも気づいていないかもしれないウソを、拓朗は暴いてしまう。
恵那と別れたあと「追いかけてきてくれるんじゃないかと思っていた」という拓朗。冒頭で女心が理解できなかった拓朗だけど、ここではまるで彼氏とケンカした直後の女の子のようなマインドになっているじゃないか。
”簡単”じゃなくなった恵那と、敵を増やした拓朗
さらには恵那が読んだニュースによって、週刊誌のスクープさえも流れてしまう。被害者がデリヘルで働いていたことは事実だが、それによって世論はあっという間に動いた。偏見に満ちた記事が溢れ、被害者の会もその影響を恐れる。これまで世論を動かして松本死刑囚(片岡正二郎)の再審を実現させようとしていた拓朗は、恵那のニュースをきっかけに世論に飲み込まれてしまった。会社の内外に敵をたくさんつくって孤立しながらも真実にたどりつき、恵那の”簡単さ”を信じつづけ、それだけをよすがに突っ走ってきた拓朗は、「その簡単さに僕はずっと救われてきたのだと、そうじゃなくなってからやっと気づいた」。
もしかして、恵那が簡単でなくなった分、こんどは拓朗が”簡単”になっているんじゃないだろうか。ただまっすぐに本当のことだけを追求している彼が。拓朗ならきっと、会社をクビになってしまったこの先も、なんとか事件に関わろうとしてくれるんじゃないか、事件のために奔走してくれるんじゃないかと期待してしまう。けれどそれが実現するために、拓朗がお金の心配をしなくてもいいという環境はとんでもなく大きなことだ。恵那の言っていることも、事実ではあるのだ。
3話の振り返りで笹岡や平川のことを「決して物語の中核を担う役割ではない」と書いたけれど、いまとなっては二人とも相当重要な存在だ。セクハラ&パワハラ上司の村井も含め、達者な役者が演じる魅力的なキャラクターがこのドラマになくてはならない人物になっているのは嬉しい誤算だ。8話では「誰かが見ているテレビの中の人」としてだけ登場した斎藤正一(鈴木亮平)は、この先どう関わってくるだろう。
敵をつくり、全員に見放されたように思える拓朗を、武田信玄=桂木(松尾スズキ)は認めていた。思いがけない支持者がいてくれる、それだけでなんと心強いことだろう。「マジで世界ってわけわかんねぇ」というのは本当だ、だから諦めたくはない。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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