大洋テレビをクビになった岸本拓朗(眞栄田郷敦)。自分の真実が貫けず、また体調を崩しつつある浅川恵那(長澤まさみ)。そして、元上司、村井(岡部たかし)が爆発する。『エルピスー希望、あるいは災いー』9話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。8話のレビューはこちら。
考察『エルピス』9話「木っ端微塵」の村井!みんなが岡部たかしの名前を覚えた日
岡部たかし演じる村井のキーパーソンぶり
多くの人にとって「この人よく見るし、いい演技してるよね」と、なんとなく見かけると気に留める俳優。でも名前を覚えるまではなかなかいかない存在。そこに位置するすぐれた役者はたくさんいるけれど、『エルピス』で村井を演じるまでの岡部たかしという人もその一人だったんじゃないだろうか。
岡部は劇団東京乾電池出身。養成所時代は阿佐ヶ谷姉妹の二人と同期であったことを阿佐ヶ谷姉妹・江里子がブログで明かしている。これまでテレビ、映画には数えきれないほど出ている。たとえば渡辺あやが脚本を務めた『ストレンジャー〜上海の芥川龍之介〜』(NHK)では松田龍平演じる芥川龍之介が勤める新聞社の支局長として。『エルピス』と同時期に書かれたという『いまここにある危機とぼくの好感度について』(NHK)では発言が炎上するジャーナリストを演じた。個人的には、CMディレクターの山内ケンジ率いる「城山羊の会」の舞台での印象が強い。情けなかったり、気まずかったり、それでいて突然欲望に逆らえなくなったり……。舞台上で見せるさまざまな顔、そのどんな場面でもどこか色気が漂っている様子に私はすっかりファンになってしまった。以来、ドラマでもあの力の入っていない佇まいをつい目で追ってしまう。プロデューサーの佐野亜裕美が手がける作品にも多く出演。『カルテット』(TBS)ではほんの一瞬、たこ焼き屋として登場している。私にとっては最高のたこ焼き屋だった! ぜひ確かめてほしい。
そんな彼が『エルピス』で演じたのは、セクハラ、パワハラのオンパレードのバラエティプロデューサー・村井。彼は最初、浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)の冤罪事件追求を頭ごなしに否定した。そのおかげで、恵那は「もう飲み込みたくない」と事件に関わる決意をした。恵那が冤罪事件のVTRをゲリラで放送したとき、止めずに最後まで流す判断をしたのも彼だった。拓朗が取材を重ねて作った証言VTRを報道に渡すことなく、「フライデーボンボン」の中で放送すると決めたのも村井だ。
そして9話。村井はさらに視聴者の心に大きく刻まれた。
拓郎と斎藤、フリージャーナリストの二人
冒頭、拓朗の退職は大洋テレビにとって「備品のボールペンが一本消えたほどの障りも」なかったことが恵那のナレーションによって語られる。
そして拓朗のスクープを潰すことになった八頭尾山殺人事件の被害者のニュースに対して、恵那が抵抗を試みていたこともわかった。恵那にもまだそんな気持ちが残っていたんだとほっとしたのも束の間、「どうせこのネタは他も全局取り上げるよ」とあっという間に却下されたことには無力感を感じざるを得ない。たった一人が戦っても、こんなにもどうしようもないのか。
滝川(三浦貴大)の噂話もひどい。拓朗が脅迫をして解雇となったという噂を恵那に伝え、その矛盾を突かれても「あぁ〜。いやでもまあとにかくそうらしいよ」。拓朗の本当の姿なんてどうでもよく、いい加減な噂話を無責任に広めている。そして警察の正式発表だけをただただ垂れ流す報道姿勢もそんなふだんの姿とたいして変わらないように思えてくる。
クビ以降実家に引きこもっている拓朗は、週刊誌編集長の佐伯(マキタスポーツ)と会い、
「重要なのは最初から本人のなかにあるべきものがあるかどうかだ。君にはそれがある」
「死ぬまで一生奴隷なんだよ、それの」と編集部に誘われる。
その次のシーンで、今度は村井に誘われ、フリージャーナリストとしての名刺を作って大門の娘婿・享(迫田孝也)に会う拓朗。
「フリージャーナリスト」という肩書きは、斎藤正一(鈴木亮平)と全く同じだ。そして6話で村井は、斎藤には「そっちの素質がありすぎる」と言った。その資質は、佐伯が拓朗にかけた言葉の「それ」とは全く違うものだ。職業だけは同じでも、二人の立っている場所はあまりにも違う。
かつて拓朗と同じ目に遭った村井の思い
村井はかつて享から、大門が自分の派閥の議員のレイプ事件を揉み消し、その被害者が自殺したことを聞き、告発VTRまで撮影していた。しかし放送寸前で大門が副総理になったことで、局はVTRをお蔵入りに。それでも粘っていた村井は「フライデーボンボン」に飛ばされていたというわけだ。
かつて警察庁にいた享は、正義感の強いまじめな性格。村井に映像を渡され、大門の正体を明かすため改めて取材をする拓朗は真実を貫き通そうとしてすべてを斎藤に奪われつつある亨を心配する。
「これはもう僕の性分で」。加害者である男を守るために動いた「自分の罪深さを忘れて生きていくなんて僕にはできない、どうしても」と呟く亨は、きっと恵那や拓朗と同じ人種なんだろう。
「このことを岸本さんという人に預けることができるのだと思うと」真っ暗闇の中に一筋細い光がさしたような」と感謝さえ述べる。
拓朗から情報を持ち込まれた佐伯は慎重だ。ちゃんと裏取りをしたうえで報道するよう拓朗に言う。
「これは、正真正銘の真実として描かなきゃいみがない」「権力っていうのは、瞬殺しかないんだよ」「もたもたしてたら反撃ぶっ食らう」
焦る拓朗を「北朝鮮のミサイルでも落ちない限り、いえ、落ちても生きてれば、必ず駆けつけますから」となだめる亨。この時点では、そんなこと言ってたらミサイルが落ちてしまうのではないか、なんて呑気に考えていた。
けれども実際はもっと泥臭くて、ひどく恐ろしく残酷なものだった。この展開が、そしておそらくこんなことが現実にもあるだろうことが、怖くて息を呑んだ。
遺書から警察は自殺と判断し、しかし遺族の要望で病死と報道された。けれど真実はそのどちらでもないだろうことは明らかだ。
どこにも属さないはずのフリージャーナリストの斎藤が、亨の葬儀で遺族側に立ってマスコミ対応している。そんな彼に、ここで引き返さないと「戻ってこれねえぞ」と伝える村井。
報道スタッフから白々しく「泣ける」言葉を並べる大門の声を聞かされ、ICレコーダーを奪い取って踏み潰す村井。それでも怒りは収まらず、村井は放送終了直後の「ニュース8」のスタジオに乱入してセットを壊しまくる。
村井の怒りは、たぶん大門に対して、その報道をもみ消したニュース8に対して、そして亨が死ぬ原因を作ってしまった自分に対してのものでもあるのだろう。
これまで要所要所で物語を動かし、恵那の心に火をつけてきた村井。9話でのこの何もかもを「木っ端微塵」にする振る舞いを、自分の体が「木っ端微塵」になることが希望とまで思っている恵那は、どう受け止めるのだろう。
孤独と戦っているのは誰か
これだけ激しいことが起こった9話だが、中盤で恵那と拓朗、二人がナレーションベースでそれぞれに孤独について考えているシーンが印象的だった。恵那は斎藤の孤独な戦いを密かに願う。しかしいまのところ、実際に孤独と戦いながら真実を求め続けているのは拓朗だ。
また、拓朗のネタを突っぱねておきながら、YouTuberに持ち込んでわずかばかりの情報料を手に入れようとする滝川のダサさがすごい。彼の発する「真実」の軽さよ。報道にいながら矜持も覚悟もない男を演じる三浦の演技が実によかった。
次週、最終回。果たしてこの事件は収拾がつくのだろうか。そもそもこんなにも現実を映し出してきたドラマが、都合よく気持ちのいいラストを迎えるのだろうか。
*最終回のレビューは、2023年1月9日掲載予定です。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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