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まだまだ語りたい『エルピス』。大盛りの牛丼が美しかった最終話まで「みんなに!」

まだまだ語りたい『エルピス』。大盛りの牛丼が美しかった最終話まで「みんなに!」

2022年末、大きな話題を呼んだドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』最終話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。9話のレビューはこちら。


再び知ろうとする恵那

12月26日、『エルピス―希望、あるいは災い―』が最終話を迎えた。

9話で「ニュース8」のスタジオに“殴り込み”をかけた村井(岡部たかし)に触発され、浅川恵那(長澤まさみ)は岸本拓朗(眞栄田郷敦)のもとへ。大門亨(迫田孝也)が抱えていた大門副総理(山路和弘)の秘密を聞き出し、真実を報道する決意を固める。

村井に何があったのか聞く恵那と拓朗の会話が象徴的だ。

「何があったのか、教えてくれる?」「なんでですか」「知りたいから」

二人は「知りたいから」ここまでやってきた。本当のことは何だったのか、隠されていたのは何か、隠していたのは誰か。「知らないほうがいいこともある」と斎藤正一(鈴木亮平)に言われた恵那は、それでも知ろうとすることをやめない。

亨の不審死を自分のせいだと塞ぎ込む拓朗から真実を聞き、「そんなひどいことに負けながら生きてなんていけないよ」と言う恵那。

「一人の人間としてまともに生きたいだけじゃん」
「当たり前の人間の普通の願いがどうしてこんなにも奪われ続けなきゃいけないのよ」
「心の中の一番大事なものを押しつぶされながらどうやって生きていけばいいんだよ」

報道という場所にいて、本来の意味の報道とはかけ離れた忖度にまみれた情報を伝えてきた恵那。食べ物を受け付けず身体を壊しながら、正しいことを目指したいと願っていながらも番組を思って守りに入っていた恵那が、ここにきてとうとう再び覚醒した。

「できるかどうかじゃなくて、やるの、私」
3話で拓朗が言ったように「何やらスピリチュアルめいた威厳さえ」備えてきっぱりと言い切った恵那は、かっこよかった。

相反する2つの要素が折り重なる物語

第4話の振り返りで書いたとおり、このドラマのサブタイトルにはいつも、相反する、あるいは相容れない2つのものが並んでいた。
1話の「冤罪とバラエティ」からはじまり、「披露宴と墓参り」「善玉と悪玉」などが並び、そして10話のサブタイトルは「希望あるいは災い」だった。

恵那も拓朗も、正しいことをしたいという気持ちと、リスクを負いたくないという会社や周囲、2つの相反するものの中で生きてきた。

そういえば特に最初の数話でよく目に入ったのが、縦線と横線が交わる格子のモチーフだ。
「デジタル処理かと思ったら実物だった!」と話題になった吉田ユニによるビジュアルでは、恵那、拓朗、斎藤の背後にノイズのような横線が走っている。
いっぽうでとくに初期の恵那は、中央にまっすぐ線の入ったトップスや、ストライプのシャツをよく着ていた。のちに拓朗も、似たようなデザインの服を着ていたことがあった。それは、世間や会社のノイズの中で、自分を突き通そうとする彼らの意志に見えた。恵那の部屋は縦と横の交差するブロックガラスが並んでいるし、1話で恵那が「飲み込みたくない!」と叫ぶ屋上のシーンでも、背景の格子状のデザインが目に入る。

回を重ねるごとに「そこまで象徴的に意識されたものではないのかな」と思うようになったが(10話ラストの恵那の服装は横にラインの入ったニットだった)、恵那と拓朗が組織と個人、2つのものの中で苦悩しながらこの10話を駆け抜けてきたのは事実だ。

いっぽうで、恵那と拓朗という存在は、二人でひとつでもあった。
8話で拓朗が会社をやめるとき、恵那の“簡単さ”を信じ続け、それに救われてきたことに気づいていた。そしてこの10話では恵那が
「君がいたから私、今日までやってこれたんだね」
と、拓朗の存在こそが彼女にとっての希望だったことに気づく。

恵那がやる気になったとき、拓朗は及び腰で、拓朗が本気になったときには恵那は守りに入っていた。どちらかが諦めそうになったとき、もうひとりがぐいぐいと進んでいった。

いくつかの媒体で佐野亜裕美プロデューサーが話していたことだが、恵那と拓朗というキャラクターは、脚本の渡辺あやが佐野プロデューサーという人を2つに振り分けてつくったものだったという。一人の中にある、自分の心にまっすぐに生きたいという思いと、会社や世間のことを考えて折れてしまいそうになる気持ち。それを恵那と拓朗は体現したのだ。

長澤まさみの感情をこちらに強くぶつけてくるような振る舞い、そしてぼんやりとした若者からはじまって凄みのある表情にまで辿り着いた眞栄田郷敦の渾身の演技。二人はずっとすばらしかった。

牛丼をかきこむ恵那と拓郎

「ニュース8」のスタジオにまでやってきた(「ニュース8」にはよく人が乗り込むなあ)斎藤による必死の引き止めに対して、恵那は取引を持ちかける。結果、本城彰(永山瑛太)の存在が明るみに出ることになった。

恵那は斎藤の「俺にしかるべき力がついたときには、今日君が言ったことに必ず応えてみせる」という言葉を信じたいと思ったのかもしれない。けれど重要なポジションにのぼりつめたようでいて、現時点では伝令係でしかない斎藤が、「明日まで待つと君は事故か病気で出れなくなるよ」と平気で言える斎藤が、本当に善玉になることがあるのだろうか……。

恵那が本城に関するVTRを拓朗のもとに受け取りにきたときの拓朗との会話がよかった。
「電話しといて」「誰にっすか?」「みんなに!」
テレビが終わったと言われて久しいけれど、それでもやっぱり、「みんな」が「今」見られるテレビの強さがそこにあった。

一時期は水しか飲めなかった恵那が、恵那と同じく食べ物を受け付けなくなっていた拓朗が、大盛りの牛丼を食べるラストシーンは美しかった。真実を伝えた二人の身体は、食べ物を受け入れられるようになったのだ。

「正しい」ことなんてない

「正しさ」という言葉がうさんくさく思われてしまうこの世界で、「正しいことがしたいです」がそのままの意味で発せられていたのが『エルピス』だった。けれど、その『エルピス』の中でさえ、最後のナレーションでこんなことが語られる。

「あのね、岸本くん。どっちが善玉でどっちが悪玉とか本当はないらしい。この世に本当に正しいことなんて、本当はないんだよ」

ドラマだから、エンターテイメントだから、「よかった」と思えるラストにたどり着いた。けれど、決してすべてがうまくいったわけではない。報道されなかった亨の事件はなかったことになったままだ。強姦され自殺した女性とその遺族からすれば、真実はまだ暗闇の中にある。そして、このドラマが参考にした“実際の事件”は、決して明るい解決をみているものばかりではない。この作品の中に、周りに「災い」は残っている。

2020年の情景の中で、笹岡記者(池津祥子)が大門副総理に食らいつき、本城とのつながりを問いただしているシーンが挟み込まれる。そこで放たれる「まだ終わってませんよ」という言葉は、私たちにも突きつけられている。

それでも、『エルピス』というドラマが作られ、放送されたことこそが、このドラマを作るために何年もの間戦ってきた人が実際にいることが、私たちにとっての希望であることは間違いない。

『エルピス─希望、あるいは災い』公式サイト(カンテレ
『FOD』にて全話配信中

脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』

Profile

Writer 釣木文恵 つるき・ふみえ

ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
twitter 

Profile

Illustrator オカヤイヅミ

漫画家・イラストレーター。著書に『いいとしを』『白木蓮はきれいに散らない 』など。この2作品で第26回手塚治虫文化賞を受賞。趣味は自炊。
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Edit: Yukiko Arai

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