18 Jan 2019
知的好奇心を満たす映画『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』

社会を変えたイギリスのポップ
文=小野寺 系
いまもあらゆる場所で遺伝子が息づいている、60年代イギリスで生まれた、華やかで刺激的でオシャレなポップカルチャー。本作は、自らがイギリスのシンボルである映画俳優マイケル・ケインが、当時の映像とともに、この時代が生んだ〝ポップ〟を紹介していくドキュメンタリー映画だ。
イギリスでは、大きく分けて上流、中流、労働者で構成される階級社会が、中世の時代からいまも続いている。そして60年代まで、多くの文化は上流階級の人々からもたらされていたという。
マイケル・ケインは、自分の子ども時代の映画は上流社会を描いたものが多く、気取ったセリフや話し方が飛び交っていたと振り返る。彼のような労働者階級は市民の多数を占めるのに、自分たちのための文化がないことに不満をため込んでいたのだ。
状況が変わるきっかけになったのは、アメリカのロックンロールだった。抑圧されていたイギリスの若者たちは、その圧倒的な自由を感じさせる表現に触発され、ギターを持って歌い出す。そこにはビートルズやローリング・ストーンズ、そして「マイ・ジェネレーション」を歌ったザ・フーらがいた。
イギリスの古い伝統を打ち壊す反逆的文化は一気に爆発し、各方面、各ジャンルにその熱気が波及、〝ポップ〟が一気に花開いていく。デイヴィッド・ホックニーのアート、ヴィダル・サスーンのヘアデザイン、そしてファッション・デザイナー、マリー・クヮントによるミニスカートが大流行する。
そんな「ミニ」の象徴となったモデルのツィッギーは、当時はやせっぽちと考えられていた細い体型で、日本を含め世界中の人気者となった。インタビューで労働者階級出身だと指摘されても、彼女は「育った環境なんか関係ない」と胸を張る。
色とりどりのファッションが通りにあふれる風景は新たな時代の到来を告げ、マイケル・ケインも映画『アルフィー』で、ロンドンを舞台に希代のプレイボーイを演じ、絶大な人気を得てイギリスを代表する名優となっていく。文化の波が社会構造に変化をもたらしたのだ。
一方、近年のイギリスでは、世界の多くの先進国と同様、貧富の格差がより拡大してきている。教育事情は悪化し、学校を卒業できない子どもが増えているという。映画の世界でも、名門の学校で演劇を学べる余裕のある子どもが有利になるなど、再びエリート主義が甦ってきていると感じられる。
しかし、それでは文化は60年代以前のように元気を失い、失速していくしかないだろう。当時イギリスに起こったカルチャーの爆発。ロンドンをぶっとばすほどのパワーと、それを象徴する新たなカルチャーがイギリスで、そして世界中でまた必要とされているのではないだろうか。
『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』(17)
60年代にイギリスの若者たちから発生した、階級の壁をぶち破るカラフルでパワフルなポップシーンを、当時のアーカイブ映像のコラージュと楽曲、関係者たちのインタビューで紹介していくドキュメンタリー映画。Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
おのでら・けい = 労働者階級の映画評論家。この間、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞を受賞したデイミアン・チャゼル監督に新作『ファースト・マン』の取材をしてきて、いつかこういうセレブになりたいなと思いました。
Twitter: @kmovie Web: k-onodera.net
Edit: Satoko Shibahara
GINZA2019年2月号掲載