町山広美がつまづく! 男と女のエンタメ舗道 Vol.3

町山広美がつまづく! 男と女のエンタメ舗道 Vol.3

女嫌いの女好き。女好きの女嫌い。矛盾しているようでいて、わりとよくいる。

たとえば、聖女か娼婦か、両極端の女性像しか持たない男たち。聖女は、純粋無垢な少女とすべてを許してくれる母親の、夢の合体ロボ。女から見れば「あいだが抜けてるよ」でいかにも間抜けだが、彼らは内なる空想世界にしかいない聖女を崇め、その崇拝を自らの無垢性の根拠にさえする。そしてそんな奇跡の存在以外は、性欲物欲が強くて傲慢な、薄汚いbitch。奇跡は起きないので、現実に向き合うすべての女はbitchに分類され憎悪の対象に。

もうひとつは、シンプルに女を蔑んでいて、人と向き合う時にあたりまえの不安を、女=人ではない相手に対して持たないから口説きが成功しやすく、それで自信を持ってしまう、ヤリチン。

では、女の場合はどうだろう。自他ともに認めるbitch、つまりはヤリマンはただの男好きだろうか。男たちにある心理の捻れが、女にはないなんて思うのは、それこそ女をバカにしている。

4つの短篇がおさめられた『サマーブロンド』の表題作は、たった32ページでそうした男と女の複雑に捻転した心理を活写する。鮮やかだ。

しかもそれが、アメリカの漫画であることに、漫画大国という自国のキャッチフレーズに疑問をもたない日本の読者は驚くはず。作者は74年生まれの日系4世のアメリカ人、エイドリアン・トミネ。その名字は、祖先の「遠峰」に由来するそう。

「グラフィック・ノベル」と分類される大人向けのストーリー漫画は近年、アメリカの出版界において数少ない成長分野。『BLACK HOLE』(面白い!)のチャールズ・バーンズなど多くのスター作家のなかでも、トミネは特別な存在だ。

短篇の名手。切り取られた人生の断片の、その切り口は乾いても濡れてもいない。リアルで詩的、そして哀しい。人は孤独で、つながろうとして間違える。そういう不格好な葛藤を描く小説や映画はもちろんいろいろあるけれど、読者が、あるコマに撃ち抜かれて立ち止まり、目をそのコマにとらえられたままあれこれと思い当たる過去にため息を漏らし、と読み進めることができるのは、いかにも漫画の妙だ。

同じ『サマーブロンド』収録の「爆破予告」にも、男好きの男嫌いが登場して、トミネはどうやら男ながらに、女の絶望を知っているよう。それは、中華系移民2世の若い女を主人公にした「バカンスはハワイへ」で、確信になる。アメリカ社会のマイノリティとしての思索が彼を、女の心の深い暗がりへ導く道案内になっているのかも。

続く短篇集『キリング・アンド・ダイング』では、一層小さくなった各コマが、エドワード・ホッパーの絵画のように孤独と痛みをたたえる。収録の「それゆけアウルズ」は、断酒会ではじまる男女のロマンスだ。人を求める美しい気持ちを、さまざまな歪みが蓄積した自分という牢獄から羽ばたかせることの難しさに、つうと何かが頬をつたう。


『サマーブロンド』

ニューヨーカー誌のイラストでも名高い、アート・ブック×コミック×純文学=アメリカン・グラフィック・ノヴェルの旗手による青春小説。4つの短編を収録。エイドリアン・トミネ/長澤あかね訳/国書刊行会/¥1,900。他の著書に『キリング・アンド・ダイング』¥3,400も。

町山広美 Hiromi Machiyama

放送作家。『有吉ゼミ』『マツコの知らない世界』など数多くのテレビ番組の企画・構成を手がけ、『幸せ!ボンビーガール』ではナレーターを兼任。

Illustration: Naoki Shoji Text: Hiromi Machiyama

GINZA2018年8月号掲載

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