世界でいちばん髪型をよく変えた男。 『エリック・クラプトン〜12小節の人生〜』にはそんなキャッチがついてもいい。たとえば、20歳の頃のテレビ出演を「新しいギターのこいつ、いいじゃん」とボブ・ディランに褒められてる、なんていう貴重な映像や写真が続々登場するこのドキュメンタリーで、72年の人生を見渡すと、ルックスがよく変わる。何回か同じ画面に残る同世代の友人で同じくギターヒーローの、キース・リチャーズのルックスの固定ぶりが好例だが、男は、ましてや功なり名遂げた男は、変えたがらないものだ。キースがバンダナをまき続けるから、内田裕也もまき続けるし。
でもクラプトンは髪型が、服の好みが、何度も変わって定まらない。そのこともまた彼の揺れ、不安定さのあらわれかもしれないと見終わって思う。
そしてその人生で二番目に心を揺さぶられまくり、この映画で長い時間を割いて痛ましくも詳細に語られるのが、パティ・ボイドとの恋愛だ。
世界に知られた有名なスキャンダルなれど、「人妻なのに彼女が欲しかった」と現在のクラプトンに率直に話されると、見ているこちらがとまどう。パティはもともとモデルで、ザ・ビートルズのレコーディングにもクラプトンを誘って一緒に名曲をつくりあげたジョージ・ハリスンの、妻だった。近年に自伝も出した彼女は、夫といるのに「不適切なほど長く見つめられ」たと振り返り、クラプトンの手紙も公開。便箋の上三分の一にぎゅっと、フォント並みの整った細かい字で書かれて、普通じゃない。友人の証言では、パティの写真もたくさん持っていたとか。
やがて二人だけでランチを楽しむようになるが、クラプトンいわく「一線は超えていなかった」。いやいや、そこは隠してもいいのに。そして、やらせてあげない作戦がこんなにも効果抜群だなんて。
「いとしのレイラ」がパティに向けて書かれたと知った上でさんざん聴いていたのに、この恋愛の詳細とともに掘り返される、実の母親との悲しい経緯を重ねて聴くと、はじめてのように胸を刺してくる。ひざまずいて乞う愛。
慕ってきた母親が祖母だったと9歳で知り、実の母に「僕のママになってくれるの?」と聞いて、拒絶された。「嘘の人生」「もう誰も信じない」と決めた時、ギターが、「痛みを癒すために弾き歌う」ブルースが彼の友人になった。それから、ずっと。
「信じない」と思い定めて、拒絶されるのが道理の人妻に恋し、拒絶に苦しむ。喪失に身を沈め続けることが彼をブルースマンにしたのだとしても。
母親との軋轢を恋愛でなぞる男は厄介だ。「バカな男」とパティもあけすけ&ばっさり。友人でもある監督は女性で、ロマンチズムに酔っ払うクラプトンへの距離の取り方が実にうまい。
彼が近年率いるレーベルの名は、ブッシュブランチ。この映画で、幼い頃に空想の世界で飼い世話をしていたお馬さんの名前だと知った。幻の馬をなで続ける。つくづくヤバい男である。