【COLUMN】変わったつもりで近づいて – ジェーン・スー

【COLUMN】変わったつもりで近づいて – ジェーン・スー

本名ではない名前で仕事をする私にだって、変身願望はある。今の自分にそこそこ満足していても、それと変身願望の有無は別物だ。非日常としての一時的な変身は、無責任に楽しめそうだと邪(よこしま)な思いが胸をよぎる。
私は女なので、化粧という選択肢が常に目前にある日常を過ごしている。望むと望まざるとにかかわらず、必要とあれば肌色を整え、眉を描き、まぶたや頬や唇に色を差す。それが小さな変身だという事実には、もはや無自覚と言ってもいいだろう。

 

これは「願望」なんて高尚なものじゃない。社会から期待されたマナーやルールやたしなみなんて言葉に収斂(しゅう れん)された、一種の枷だ。たとえば晩さん会に招かれたとして、そこにすっぴんで行くイデオロギーを、私は持ち合わせていないもの。

 

つつがなく日常を行うための変身があるからこそ、解放の役目を担う変身がある。

 

ありたい自分、あるべき自分と己に課した役割や振る舞いを取っ払って、ほかの誰かになりすます。街に出なくたって構わない。フェイスブックでは言えないことを匿名のツイッターアカウントでは放流できるなら、それはあなたがアカウント名という変身アイテムをまとっているからだ。

 

 

変身を一時的なものとするか、永続的なものと捉えるかで意味合いは変わってくる。それぞれは異なるようで、実は密接に結びついているのだけれども。

 

自分の知らない自分の輪郭をなぞるのに、一時的な変身は有効だ。服装を変えただけで大胆になったり、しおらしくなったりする自分を見つけ、驚き、快感を味わう。そうやっていくつかの変身を試みると、知らなかった自分と向き合わざるを得なくなる。

 

枷としての無自覚な変身と、その反動が生む一時的な変身。いつもより大胆な自分は、自分をより楽しませてくれると知ったら、さぁ、ここからが本番だ。さなぎが蝶になるように、パーマネントなメタモルフォーゼを遂げるか否か。解放された自分を持て余し、鏡の前で立ち尽くす?

 

変身を侮るなかれ。一時的にいつもと違う自分になるつもりで、知らないうちに裸の自分に近づいてしまう。ほかの誰かになるつもりで、あなたの知らないあなたを引き出してしまう。変身には、そんな魔力が備わっているのだから。

ジェーン・スー

東京生まれの日本人。コラムニスト、ラジオパーソナリティ、作詞家、プロデューサー。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』が放送中。新著『女の甲冑(かっちゅう)、着たり脱いだり毎日が戦(いくさ)なり。』(文藝春秋)が発売中。

Illustration: Kei Hagiwara Text&Edit: Chisa Nishinoiri

2016年8月号掲載

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