岸本佐知子さんが訳す海外文学はどれも断然面白い!翻訳モノになじみがない人もたちまち夢中に。妄想、奇想が無限に広がる最新エッセイも含め、連載で全19冊をご紹介します。今回はミランダ・ジュライにフォーカス。#海外文学のおもしろさを教えてください
“ダメな人”のマインドを奇跡的に持っている。ミランダ・ジュライの3冊|岸本佐知子が語る海外文学のおもしろさ vol.3
岸本さんが熱烈に惹かれる 3人の女性作家
ミランダ・ジュライ
“ダメな人”のマインドを奇跡的に持っている
岸本さんが翻訳する作家は、既存の型にはまらない曲者ばかり。筆頭は映像作家でパフォーマンス・アーティストでもあるミランダ・ジュライだ。
「ミランダ・ジュライのことは、コラムニストの山崎まどかさんのブログで紹介されていた『いちばんここに似合う人』のプロモーション画像で知りました。自分の家にホワイトボードがないからという理由で、冷蔵庫やコンロにメッセージを書いては消して、紙芝居みたいにめくらせるのが面白くて。本を買って読んでみたらすっごく好きだったので翻訳したんです」
『いちばんここに似合う人』の登場人物は、水を入れた洗面器を使って老人に水泳を教えたり、ロマンス体質になるために白いナプキンをかぶったりする。風変わりな人たちだ。
「ミランダの作風はお笑いで言う〝モノボケ〟に似ているんですよ。彼女がYouTubeに上げていた『How to Make a Button』という動画があります。まず本人が登場して〝今日はボタン工場を見学しましょう〟と言う。でも、入っていくのはどう見ても普通の喫茶店で、ボトルの王冠にかぶせたスライスチーズをしばらくして取ると、なぜかボタンに変わっているという。アートは手が届かないものじゃなくて、誰でも身近なものを材料にしてできるし、みんなやろうよという感じ」
誰でも真似できそうで、誰も思いつかない。ミランダの本にはそんなユニークなアイデアがあふれている。たとえば『あなたを選んでくれるもの』は、フリーペーパーに売買広告を出す人々を訪ねてまわったインタビュー集。
「Googleで検索してヒットしないものは存在しないみたいな気がしてしまう時代に、ネットとつながっていない人に会うという視点はすばらしいですよね。容赦ない観察眼をインタビュー対象だけではなく、自分に向けるところもいい。ミランダにとっては自分自身すらアートの素材なんです」
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Miranda July
1974年、バーモント州生まれ。作家、映画監督。『君とボクの虹色の世界』で2005年のカンヌ国際映画祭のカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞。
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岸本佐知子
翻訳家。主な訳書にジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウス』、ブライアン・エヴンソン他『居心地の悪い部屋』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』など。『ねにもつタイプ』で第23回講談社エッセイ賞を受賞。
Photo: Natsumi Kakuto Text: Chiko Ishii, Hikari Torisawa