岸本佐知子さんが訳す海外文学はどれも断然面白い!翻訳モノになじみがない人もたちまち夢中に。妄想、奇想が無限に広がる最新エッセイも含め、連載で全19冊をご紹介します。今回はリディア・デイヴィスにフォーカス。#海外文学のおもしろさを教えてください
小説の固定観念をぶち壊してくれる。リディア・デイヴィスの4冊|翻訳家、岸本佐知子が語る海外文学のおもしろさ vol.4
岸本さんが熱烈に惹かれる 3人の女性作家
リディア・デイヴィス
小説の固定観念をぶち壊してくれる
アメリカではフランス文学の翻訳者としても知られるリディア・デイヴィスも岸本さんの心を鷲づかみした作家。
「『ほとんど記憶のない女』を初めて読んだとき、あまりにも興奮して座っていられなくて、そのへんをぐるぐると走り回ったんですよ。特に『十三人めの女』が好きです。《十二人の女が住む街に、十三人めの女がいた》という書き出しから〝なにそれ?〟って。とにかく面白いのはわかったけれども、自分の身の丈に余るくらいの面白さだった。読むだけでは理解できないから訳すしかないと思いました」
リディア・デイヴィスの小説にわかりやすい筋はない。「十三人めの女」のように1ページで終わるものもあれば長いものもあり、それぞれの作品に異なる趣向が凝らされている。
「リディア・デイヴィスは究極の〝言葉でっかち”なんですよ。なんでも言葉にしないと気がすまない。しかも、ユーモアのセンスがある。読者を笑わせようとしている感じはまったくないんですよね。彼女が自作を朗読している動画を見ると、顔色ひとつ変えずに淡々と読む。ずっと真顔なのに、会場はどっかんどっかん沸くんです」
『サミュエル・ジョンソンが怒っている』に収録されている「面談」は、爆笑しながら訳したそうだ。 「会社のお偉いさんに企画を提案しに行く人の話です。全然相手にされず、打ちのめされて引き下がるけれども、だんだん腹が立ってくる。《こんなことなら母についてきてもらえばよかった》と思いながら、お母さんがお偉いさんにどんな罵詈雑言を浴びせるか妄想するくだりがおかしくて」
次にどんな言葉が飛び出すかわからないところに中毒性がある。
「ただ起こった事実を羅列したような作品も多い。言葉で遊べたら書くものは小説でなくてもいいのかもしれない。小説を書くこと自体から、どんどん自由になっている気がします」
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Lydia Davis
作家。1947年マサチューセッツ州生まれ。フランス文学の翻訳家としても知られる。2010年『ボヴァリー夫人』(フローベール)の新訳を5年がかりで完成。
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岸本佐知子
翻訳家。主な訳書にジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウス』、ブライアン・エヴンソン他『居心地の悪い部屋』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』など。『ねにもつタイプ』で第23回講談社エッセイ賞を受賞。
Photo: Natsumi Kakuto Text: Chiko Ishii, Hikari Torisawa