「かわいい」。その言葉に理屈はない。直感で、右脳で。人は日々の生活の中で「かわいい」ヒトやモノ、コトを見つけて、思い、言葉にし、愛でる。それはきっと、好きのはじまり。だから「かわいい」は正義であり、哲学である。この連載ではファッションを通じて、女性の暮らしや生き方を通じて「かわいい」を追求し、その言葉の背景をとことん掘り起こして研究します。そこには、GINZA ガールズの背中をおす大切ななにかがあると信じて。さあ、「かわいい」ゼミナール、開講のお時間です!
編集者・渡部かおりの「かわいい」ゼミナールVol.5 〈メゾン マルジェラ〉から教わる、カウンターカルチャー的「かわいい」
—新しい「かわいい」の素晴らしさとは。—
みなさん、こんにちは。気がつけば12月、師走だ。終わりよければすべてよし、1年の反省会をして厄を祓い、自分の頑張りを肯定しよう。休みの日に大掃除もいいが、来年の生き方や装いのヒントに繋がるインプットも大切だ。GINZAガールズの皆さんはginzamag.comでも紹介されていた〈メゾン マルジェラ〉の「アーティザナル」展にはもう足を運んだだろうか。
私は開催されている恵比寿のショップ「メゾン マルジェラ トウキョウ」の真っ白な空間にて、滅多に間近には見ることができないジョン・ガリアーノのオートクチュール作品と、じっくり対峙してきた。
ここで少し私の思い出話をしたい。時間を巻き戻し、時は90年代後半の東京。当時、大学生だった私はファッションという文化に熱狂していた。文字通りの熱狂だった。「コンセプトのない服は着たくない」というまさに謎のコンセプトを自らに課し、その哲学や概念に惚れ込んだブランドだけを身につけていた。〈メゾン マルタン マルジェラ〉、〈ヘルムート ラング〉、〈コム デ ギャルソン〉、〈ラフ シモンズ〉などを買うために夕食を何口かの試食でしのぐことも…(遠い目)。呼ばれてもいないのに勝手にパリコレに忍び込み(時効だと思って許してください。)、誰にも頼まれていないのに長い休みはヨーロッパへ飛び、主要セレクトショップの品揃えと売れ行きをリサーチしていた。
国内外のファッション雑誌をおそらく月50冊くらい購入していたはずで、出版社に内定した時、母が「む、報われた。」と小さくつぶやいていたのを思い出す。大学の卒論のテーマは「パンクファッションはなぜ死んだのか」。ビジネスに走ったことで産業としては廃れたが、その概念を引き継ぐブランドは〈メゾン マルタン マルジェラ〉である的なことを英語で書き上げた。ドン引きの黒歴史だと思う反面、誰になにをどう言われようとも、火傷するほどの熱量でのめり込めることがあってよかったと今は思う。
そんな青春時代に、「カウンターカルチャー」というものを教えてくれたのが〈メゾン マルタン マルジェラ〉だ。直訳すると対抗文化。広義的には、主流社会の価値観や規範とは異なる行動様式をとるサブカルチャーのひとつで、当たり前に存在するものを疑い、対抗し、新しい価値観を生み出すことを指す。
マルタン•マルジェラは、服の概念を根本的に覆した。何通りも着方のあるコートやトップス、オーバーサイズ、作りかけの切りっぱなしのボトムス、靴下や手袋などをつなぎ合わせた素材。驚きと気づきの宝庫であり、デザインという枠を超え、教わること、立ち止まってその意味を熟考することがたくさんあった。そして、当時は「ありえない」「考えられない」と思われていた斬新な概念が、今は当たり前の「かわいい」なっていることがなによりすごい。
1989年に発表された伝説の「タビ」ブーツを、当初「かわいい」と思ったファッション感度の高い人というのは本当に一握りだったはずだ。(ちなみ私は「足袋…”Tabi”、いやぁ、これは難しい」と及び腰であったことを告白しておく。)2014年にジョン・ガリアーノが新しくクリエイティブディレクターに就任した後にイノベーションを続けた結果、「タビ」ブーツは今、再び世界中でカルト的な人気が継続している。
すべてメゾン マルジェラ
私自身も今なお、ジョン・ガリアーノ率いる〈メゾン マルジェラ〉から引き続き毎シーズン、新しい価値観を教わっている。コレクションのコンセプトから、洋服のフォルムから、ディテールから、ショーの音楽から、モデルの選び方から、大げさではなくて今の気分はもちろん、社会に必要なもの、未来への展望と責任感、仕事や生活との向き合い方を掴み取ることができる。自分の中でじっくりと噛み砕いて発酵させた新しい価値観や概念はファッショントレンドのようにはかなく消えてはなくならず、貯蓄されて宝になるのだ。
さて、みなさん。今回の宿題です。〈メゾン マルジェラ〉の「アーティザナル」展は12月11日まで開催中だ。ラストミニッツではあるが、可能であればぜひ足を運んでほしい。見た人それぞれに、新しい「かわいい」の意味が加わるはずだ。いつかそれを皆さんと共有し合えたら嬉しいなとそんな日を目論みつつ、まずはそれぞれが、渾身のオートクチュールと対峙してみてほしい。
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渡部かおり
編集者・ライター。編集プロダクションFW(フォワード)主宰。GINZAをはじめ、様々な女性ファッション誌で編集と執筆の両方を担当するほか、広告のビジュアル制作、企業のブランディングなど。近著は『英国ロイヤルスタイル』(クレイヴィス刊)Instagram:@fwpress