妊娠・出産というものは、そのベストなタイミング、体調の良し悪し、メンタルの状態、ものの感じ方、体重の増え具合、からだのむくみ具合、つわりの程度、出産方法、出産の週、エトセトラ、エトセトラ、そのすべてが人それぞれなんだよなあと、経験してみて思う。だれかの体験談を聞いたりエッセイを読んだりすることは参考にはなるけれど、いざ自分の番となると、どれひとつとしてまったく同じ進み方はしないのだ。わたしは妊娠中のあれこれが細部にわたっておもしろおかしく記録された川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』(おすすめです!)を、バイブルのように、ことあるごとに気になる部分をさがして読み、愛用グッズなどもよく参考にしていたけれど、当然ながら彼女の体験とわたしの体験は、おなじ出産といってもぜんぜんべつのものだった。ネットの情報も、サイトによって真逆の答えが書かれていてとても混乱するので、わりと妊娠初期の頃に、もう検索はしないことに決めた。
多くの情報を持たずに丸腰でのぞんだにかかわらず、わたしの場合、妊娠してから出産までは、さいわい大きなトラブルもなくごく平和に進んでいった。あれこれ考えることをやめたから、軽い不調は不調だとも気がつかず、思い悩むこともなかったのかもしれない。職場の人や友人にいつ報告するかというのは、少なくとも安定期に入るまでは悩むところだけれど、生ものなど避けたほうがよい食べ物もあるので、いっしょに食事に行くときに伝えることに決めた。ところが、ふだんはまずビールを頼む自分がノンアルコールのジュースを選んだ時点で、一瞬にして全員が状況を察してくれるのには笑ってしまった(女子はこういう時、天才的に鋭いのですよね)。
妊娠3ヶ月頃になると、胃がからっぽになると気持ちが悪くなる「食べづわり」と呼ばれるつわりの一種がやってきたので、小分けになったこんにゃくゼリーを持ち歩いてよく食べていた。振り返ってみるとこれがいちばんしんどかったのだが、一時期なにに対してもまったく興味がなくなり、朝から晩まで、寝るでも起きるでもなくずっと死体のように転がっていた日もあった。歯磨きのときに、毎回胃液がこみ上げてくるのも地味につらかったなあ。ところがそういった症状は、ひと月もしたらいつの間にかけろりとおさまっていた。げろげろと吐きもどしてしまうようなこともなく、そんなに症状が重くなかったからか、よく言われるような「パッと霧が晴れる!」みたいな感覚は味わえなかった。でも不思議なことに、その時期に買った洋服や靴を見ると、当時のなんともいわれぬムワッとした気持ち悪さがよみがえるのだよね。そういうものは記念にとっておく……わけはなくて、いま少しずつ処分をしているところです。