2022年で第10回目を迎える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022」。5月8日(日)までの会期中、歴史的な建造物が揃う京都のさまざまな場所を舞台に、国内外で活躍するアーティストの作品と出合うことができる。毎回異なるテーマで展示される国際写真展の今年のテーマは「ONE」。個々の存在とその多様性を讃え、分断された関係性を再接続し、平和な世界に向かって新たに再生していく、という思いが込められているという。本記事では、GINZA編集部で巡った今年の展示の見どころを紹介したい。
個人の存在と多様性を讃える第10回KYOTOGRAPHIEが開催中。京都を歩きながら、ギイ・ブルダン、アーヴィング・ペン、現代日本女性写真家たちの作品を堪能。
旧日本銀行京都支店を改修したレトロな近代建築、京都文化博物館 別館では、フランスを代表するファッションフォトグラファー、ギイ・ブルダンの展覧会「The Absurd and The Sublime」(Presented by CHANEL NEXUS HALL)が開催中。2021年にシャネル・ネクサス・ホール(東京・銀座)で行われた展覧会の巡回展だが、京都文化博物館 別館の広大なスペースや空気感に寄り添う会場デザインが採用され、異なる視点で楽しめる内容となっている。
ブルダンがいかに独自のシュルレアリスムの目を進化させていったのかというプロセスを伝える初期から晩年までのオリジナルプリントに加え、新たに展示されるのは、山口小夜子をモデルに起用したカラー写真や映像、大判の写真を生み出す際に必ず作成していたポラロイド写真、当時作品が掲載された雑誌など。展示壁の隙間から、次の展開を覗き見ることができる空間を歩いていると、まさにアルフレッド・ヒッチコックの映画に魅せられたブルダンが写真を使って語ろうとした謎めいた筋書きを追っているようで、Absurd(滑稽)で Sublime(崇高)な迷宮に迷い込んだ気持ちになる。
セノグラフィは、おおうちおさむ(nano/nano graphics)が担当。©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
© The Guy Bourdin Estate 2022/Courtesy of Louise Alexander Gallery
市民が集う岡崎公園内に京都市公会堂東館として建設され、改修を経て新設された京都市美術館 別館で開催されているのは、スタジオポートレートの巨匠である、アメリカ人写真家アーヴィング・ペン(1928~1991)の「Irving Penn: Works 1939–2007. Masterpieces from the MEP Collection」(Presented by DIOR)。シンプルなグレーを背景に力強いモノクロームのポートレートを生み出したペンの背景布を思わせる壁に覆われた会場には、初期作品、風景、ポートレート、ファッション、ビューティー、ヌード、静物写真など、多岐にわたるヴィンテージプリント80点が展示されている。
2枚の板を合わせて三角壁をつくり、セレブリティを角に押し込むことで動きを固定させ、即席で対等な関係を生み出しながらポートレート撮影をしていたというペン。三角形の壁で構成された展示空間は、マルセル・デュシャンらを撮影したコーナー・ポートレートのシリーズがアイディア・ソースとなっていることに気づくだろう。ペンの仮設撮影セットを再現した撮影スポットも用意されているので、セレブリティのごとくポーズを決めてみては?
マルセル・デュシャンやクリスチャン・ディオールのポートレート。
二枚の板が組み合わさっていることがわかるセノグラフィーにも注目。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
今回のKYOTOGRAPHIEの中でもエネルギーを感じさせるエキシビションの一つが、展覧会「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」(*事前予約制)だろう。芸術や文化の分野で活躍する女性の才能に光を当てることを目的にする、ケリングのプラットフォーム「ウーマン・イン・モーション」によって支援される企画展だ。作風、テーマも全く異なる10人の写真家たちの多様な表現を尊重するべく、それぞれの個展が会場となるHOSOO GALLERYの2フロアに渡ってぎゅっと集まっているような構成だ。
将来のさらなる活躍が期待される10人の現代日本女性写真家たちとして、朝鮮人と結婚し、「帰還事業」で北朝鮮に渡った日本人妻の歴史を記録する林典子。男性の身体の写真でデジタルコラージュを作成し、ジェンダーの境界を再編にする〈NEW SKIN〉シリーズを手がける細倉真弓。アイスランドで出会った双子と風景に、自身の生まれ育った原風景を見い出し8年に渡って撮影する稲岡亜里子。コロナ禍の東北で、古来の儀式や、過去の痕跡を可視化することに惹きつけられ、暗闇のなかで桜と伝統芸能の舞を撮影した岩根愛。不妊治療を諦めた経験から、売れ残った野菜に自身の姿を重ね、野菜や自分自身のポートレートを撮る鈴木麻弓。がんと闘う女性のポートレートを撮影する〈SHINING WOMAN PROJECT〉に行き着くまでの序章としての作品を披露する殿村任香。大事故に遭い、夢の中で亡き父の語りかける声を聞き、東北の奥地で祭事「祭堂」を記録した地蔵ゆかり。自身の妊娠・出産を含む2012-2019年の作品を展示する岡部桃。希少性の高い人工的に生み出された改良品種の姿をアーカイブする、清水はるみ。汚染され、ダメージを受けている野生生物や自然を、研磨剤などで侵食されたネガフィルムで表現する𠮷田多麻希らが参加。
社会とそれぞれに対峙する作家たちが問いかける多様な声が共鳴する展示。時間をかけてゆっくりと作品と対峙してみてほしい。
写真集『KIPUKA』と『FUKUSHIMA ONDO』展で第44回「木村伊兵衛写真賞」を受賞した岩根愛の新作〈A NEW RIVER〉。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
細倉真弓〈NEW SKIN〉。コラージュ作品が粒子になっていくさまをスクリーンで映し出し、ジェンダー意識を解体する。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
初夏、冬に期間限定で特別公開される禅寺、建仁寺の両足院で開催されているのが、奈良原一高(1931~2020)の「ジャパネスク 〈禅〉」(Supported by LOEWE FOUNDATION)展。戦後の日本文化が否定されていた日本で育った奈良原が、1962-65年のヨーロッパ滞在中に日本文化の魅力に触れ、帰国後に制作を開始した「Japanesque」シリーズ。曹洞宗の総本山總持寺の僧侶たちをモノクロームで記録した〈禅〉の作品が、もともとは寺院僧侶の私室、書斎だったという大書院、茶室 臨池亭に違和感なく展示される。写真が飾られる二面がふさがれていない「ロの字」状の無垢の角柱は、内部に貼られた8種類の白い和紙に庭から差し込む光が反射し、発光しているように錯覚するよう設えられている。作品を見ているときは庭は見えず、庭を眺めているときは柱は発光体となる。鑑賞の仕方が鑑賞者に委ねられた静謐な空間で、感覚を解放し、見えないものを見る瞬間を体験しよう。
大書院で僧侶たちが坐禅を組んでいるような雰囲気の「ジャパネスク 〈禅〉」の展示風景。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
庭の眺めを遮ることのないセノグラフィは、おおうちおさむ(nano/nano graphics)によるもの。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
祇園京都からカルチャーを発信する複合施設 、y gion(4階)では、グラフィックデザイナー 鷹巣由佳「予期せぬ予期」(Presented by Ruinart)の展示も。彼女がGoogle Photosに収めた画像データを「黄色」というワードで検索したところ、黄色とは思ってもいなかった色がヒットしたことをきっかけに、Googleのロゴカラーの黄赤青緑白で検索した写真を色ごとに分類し、5冊の本に仕上げた作品で、2021年に創設された「Ruinart Japan Award」を受賞。21年晩秋にルイナールの招聘によって渡仏し、パリやルイナールのシャンパーニュカーヴのあるランスを訪れ、インスピレーションを受けて制作した新作を、受賞作を進化させたかたちで披露している。
ポラロイド、コラージュ作品も含む写真データをポラロイドペーパーに出力したものがコラージュされる滞在中に制作された新作も、旅と日常の境界線を曖昧にし、偶然と作為の間で遊ぶ彼女らしい作品となっている。4月29日からは、ルイナールをテイスティングできるポップアップ「ルイナールバー」も登場するそう。ルイナールをお供に、作品に近づいたり離れたりしてみると、新たな発見がありそうだ。
色ごとに分類されて作品が展示され、まさに 「予期せぬ予期」が可視化される。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022
上記で紹介しきれなかった個性豊かなアーティストの展示も点在し、トークイベントやアーティストツアーも多数開催。会期は5月8日まで。入場料、休館日は会場により異なるため、公式サイトでチェックしてから春の京都へ向かおう。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022
Text:Tomoko Ogawa