マーク・マンダース《椅子の上の乾いた像》2011-2015年 東京都現代美術館蔵 筆者撮影
永遠の命をもつ、モノの存在感 「マーク・マンダースの不在」@東京都現代美術館
東京都現代美術館で開催中の、マーク・マンダースの個展。金沢21世紀美術館で昨年開催されたミヒャエル・ボレマンスとの2人展も記憶に新しいこの作家の世界観が、存分に味わえる展示となっている。
マンダースは、1968年オランダ生まれ。18歳のときに、自伝的な要素を含む小説執筆を機に得た「建物としての自画像」という構想に沿って、30年以上にわたり一貫した制作を続けている。その構想とは、自身が架空の芸術家として名付けた、「マーク・マンダース」という人物の自画像を、「架空の建物」の枠組みを用いて構築するというもの。その建物のなかに置くための彫刻やオブジェを次々と生み出し、巨大なインスタレーションとして展開するのだ。本展も、展示全体を一つの作品=想像の建物のインスタレ―ションとして構成されている。
マーク・マンダース《2つの動かない頭部》 2015-2016年 Photo: Tomoki Imai
展示室には、巨大なものから小さなオブジェまで、彫刻が点在している。進んでいくと、途中から仮囲いのようなものが登場する。これも、マンダース特有の設えだ。簡単な木組みに薄い養生用のビニールが張られ、観客はその内外を回遊する。繰り返し出てくる人の顔の彫像は、今にも崩れそうな乾いた質感のものもあれば、作業途中なのか、まだ土が湿って見えるものもある。床には土が散乱していたりして、完成品を鑑賞する体験とはだいぶ異なる。かなりの時間が経過したように見えるもの、つい今まで作家がそこにいたかのように見えるもの。作家はこれを「凍結した瞬間」と呼ぶ。
会場風景 筆者撮影
展覧会全体を「想像の建物」として構成しているというが、多くは人体や顔の彫像だし、人の家に入ったときのような具体的な印象はないので、ますます謎は深まっていった。しかし、言葉の暗示もあるのか、徐々にどれもこれもすごく建築的に見えてきた。
たとえば、粘土で成形された人体や顔と、土台や家具の直線的な鉄や木材が一体化する不思議な彫刻は、どうやって支えているのだろう?と思うほど、緊張感のある状態で形を留めている。
マーク・マンダース《マインド・スタディ》2010-2011年 ボンネファンテン美術館蔵 Photo: Tomoki Imai
テーブルに対して人の像が奇妙な角度で一体化するこの作品も、人は「突っ張り棒」として存在していることがわかる。なんというか、人とモノが一緒になって組体操をしているような感じ。人は彫刻を構成するための一要素でしかない。
マーク・マンダース《4つの黄色い縦のコンポジション》2017-2019年 筆者撮影
巨大な顔が連なるこの作品も、編み込んだ髪の毛のように見えるものが、(想像なので実際はわからないけれど)自立させるための細い柱やテンションのように見える。これがなかったら、頭はそのままゴロっと床に転がってしまうのではないか。そんな危うさを感じさせる。
マーク・マンダース《乾いた土の頭部》2015-2016年 Photo: Tomoki Imai
人体や生き物の形をしているもののほとんどは、粘土のように見える彩色されたブロンズでつくられている。表側はつるりとしているが、背後や断面には荒々しい手の痕跡が残っている。だから、頭や顔のイメージよりも、形そのものや粘土という材料の方が強く感じられる。続く、おびただしい数のドローイングが張られた廊下にも、人がそのままモノ化していくようなスケッチが見られた。
ドローイングの廊下 1990-2021年 Photo: Tomoki Imai
建物は、人より長く生きると言われる。それはモノが持つ特権で、寿命がある生物には叶わないことだ。本展のタイトル「マンダースの不在(Absence)」の意味が分かった気がした。作家はいない。けれど、モノたちは、「凍結した瞬間」を永遠に生き続ける。それは、朽ちることのない不変への憧憬をも呼び起こす。
マーク・マンダース《舞台のアンドロイド(88%に縮小)》2002-2014年 Photo: Tomoki Imai
マンダースはもともと詩人としてキャリアをスタートした。インスタレーションを構成する個々の作品は置き換え可能で、それは詩を構成する単語を入れ替えるようなものだという。美術作品、建物、言葉。そのどれも人が作り出すものだが、生まれた作品は人の寿命を超えて残る。作家の言葉にも、そのことが書いてあった。
──物は最も強い瞬間をとらえることができるものだと思う。(中略)200年前と今とで作品の見方は違ったとしても、その作品自体は変わっていません。モノが同じに留まっているということは、とても美しい。
繰り返し登場する顔や人体すら建築の一要素と化すことで、自画像としての作品はモノとして長い命を得る。それがマンダースの作品に漂う不穏なまでの緊張感なのだろう。モノに託すことで存在を残そうとする、作家の強い意志が感じられた。
また、個展のカタログ も注目。写真家・今井智己が撮りおろした1000㎡に及ぶ本展のインスタレーション・ビューに加え、本展未出品20点を含む、計26点の作品について、マンダース本人によるテキストと図版で解説している。
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マーク・マンダース
1968 年、オランダ・フォルケル生まれ。現在、ベルギーのロンセを拠点に活動。1988年から1992年までアーネム市芸術大学でデザインを学ぶ。
1986年より「建物としての自画像」と称した独自のコンセプトを展開。その想像の部屋に置かれる彫刻やオブジェを制作し、一連のインスタレーションとして発表している。また、1998年にはロジャー・ヴィレムスらとともに出版社「ローマ・パブリケーションズ」の設立に関わり、自身のアーティストブックや展覧会カタログをはじめ、他のアーティストの書籍も多く手掛ける。作家の代表作である架空の新聞もこの出版社で制作されている。展覧会としては、これまで、サンパウロ・ビエンナーレ(1998年)、ドクメンタ11(2002年)、ヴェネツィア・ビエンナーレ(2013年)など多くの国際展に参加。個展として、2008年から2009年にわたるヨーロッパ巡回展、2011年のアメリカ巡回展など多数。2020年にはオランダのボンネファンテン美術館で大規模な個展が開催。近年は、パブリック・アート・ファンド・プログラム(2019年、セントラル・パーク、ニューヨーク、アメリカ)、ローキンスクエア(2017年、アムステルダム、オランダ)で大規模な屋外彫刻を手掛けている。日本での主な展示として《東京 ニュースぺーパー》を含む「テリトリー オランダの現代美術」オペラシティ・アートギャラリー(2000年、東京)、「あいちトリエンナーレ」(2016年、愛知)、「ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース ダブル・サイレンス」金沢 21 世紀美術館(2020年、石川)がある。