2017年1月、1ヵ月後に公演を予定していた舞台が突如キャンセルになった。その悔しさを映画にするべく、翌月にはキャストオーディションをし、3月に撮影という怒涛のスケジュールで撮影されたのが映画『アイスと雨音』だ。 その内容も、もちろん上演中止となった舞台をめぐって、6人の若者が葛藤する1ヵ月という期間を、なんと74分ワンカットで描いている。しかも、映像の中ではあるもののラップグループMOROHAの生演奏まで付いてくる。観ているうちに、どこまでが現実でどこからが虚構なのか、舞台なのか映画なのか、よくわからない未知の世界に引き摺り込まれてしまう。本作を手がける松居大悟監督と、本名のままで主役を演じた現在高校三年生の森田想さんに作品についての話を訊いた。
74分間、ワンカット。新感覚ムービー『アイスと雨音』
急遽中止になった舞台への悔しさが、映画になった瞬間
–−そもそも、松居さんがやるはずだった舞台が突如キャンセルになって、この映画を撮ることを思いついたんですよね?
松居:公演の2ヵ月前に、「興行として成立しない」と言われて、劇場が2週間空いてしまったんです。考えてたら悔しくなってきて、この気持ちで何かできないかと思って、自主映画を作ろうと思ったんです。たぶん半年くらい経ったらこの気持ちはなくなって仕事で忙しくなるから、人生で感じたことのないくらい悔しくて、今描こうと。
–−森田さんをオーディションで初めて見たときの印象はいかがでした?
松居:2日間オーディションをやっていて、一番最後のグループだったんです。入ってきて挨拶をして本を読んでもらうんですけど、想が読んだときに全てがくつがえった感じがした。立ち上がりましたもんね、僕。
森田:全然覚えてない(笑)。けっこう、たくさん人がいたんですよ。松居さんは映画監督も俳優さんもやられていますし、知ってる人がすごいラフな服装で真ん中の椅子に座ってるって思ってました。
松居:直前に、演技未経験の田中怜子がオーディションに来ていて、すごかったんです。技術もしたたかな気持ちも何もなくて、どうにかこの作品に入ってほしいと思って。でも、怜子のコンビとして圧倒的な存在が必要だなとイメージしていたときにやってきたのが彼女だった。主役としてもぴったりだったし。そのときはもうワンカットでやろうと決めていたので。
–−森田さんは、この作品が悔しさと怒りから生まれているということは、オーディションのときに知っていたんですか?
森田:(首を振る)
松居:その時は説明していなくて、本読みのときに話したんじゃなかったかな。
森田:それこそ、このオーディションを受ける2日くらい前にすごくやりたかった役に落ちて。よくあることだし、早く忘れる練習はしていたんですけど、この映画のオーディションがあって松居さんやMOROHAさんのコメントを読んだときに、ここで自分の感情を違う方向に出せたら何か変わるかなと思ってやって。結果やってみたらすごく気持ち良くて、許された気分にはなりました。感情を出してもいいんだって。
–−あまり熱い感情は出したくないというのがあるんでしょうか?
森田:学校生活だと、ネガティブな感情をストレートに出すことを痛いと思っている人もいますし、やや陰湿ですけど陰口で消化するような表現方法をする人が多いですけど、年を重ねるにつれてそういう熱い感情を隠したりしなくてもいいし、もっと出したほうが潔いのかなって思うようになりました。
松居:僕も20代だったら、映画にできなかったですね。怒っていても上手く感情を出せないから受け流したふりをして。昔はもうちょっと器用にというか、フラストレーションももうちょっとポップなものに変えて舞台に昇華したりしてたんですけど、これはもう本当に真っ直ぐだった。最近、どんどん精神年齢が幼くなっているような気がしてて、腹が立ったから腹が立った!ということを形にするとか。「悔しいんだ」って言ったら、「やろうぜ」って言ってくれる仲間がいたので。
74分間、ワンカット長回しの撮影の舞台裏とは?
––実際、ワンカットの撮影はどのように行われたんですか?
松居:めちゃくちゃアナログですよ。本多劇場と本多スタジオの2箇所を移動しながら撮影したので、カメラを回しながら見切れたところで美術をはけたり、生演奏をしてくれたMOROHAは必要ないときはトイレに逃げて、と予め段取りして。撮影中は、僕も現場には入れない状態だったので。
森田:カメラマンさん、録音さん、助監督さんの3人しかいなかったですよね。
松居:雨降らしチームだったり、中継チームだったりとチームに分かれていて、録音も大変なので録音ベースを3~4カ所作って。スタッフは40人くらいの体制で。僕も全体は把握しきれていないです、どこに誰がいたのか(笑)。
–−かなり役者の近くでカメラが回ってましたよね。
松居:稽古期間が2週間ないくらいだったんですけど、カメラに慣れてもらうために、メイキングの撮影をしてくれたエリザベス宮地に常に役者の側にいてもらって。カメラの存在、気になってた?
森田:それこそ常に誰かがレンズを持ってそばにいる感じだったので、もう撮られてナンボというか、むしろその状態が落ち着きましたね。近くにいるから安心するというか。
–−どんなものになってるか、撮影中は想像できました?
森田:現場では、監督がVTRをチェックさせてくれなかったので。
松居:もし見たら自分を客観視してしまうと思って。
森田:だから、みんなで並んで初号を観たときに、「私、こんな顔で喋ってたんだ!」と思って。自分が発した声のトーンは覚えているんですけど、表情やその場に映っているものもわからなかったので。衝撃でしたし、本当に呆然としました。
舞台と映画とライブがミックスした現場
–−MOROHAの生演奏を背景に演技をするというのは、どういう体験でしたか?
森田:初めての体験でしたし、BGM感覚にしてはあまりにも熱すぎる(笑)というか、情報量が多かったので、本番になるまでどうなるのか予想ができなくて。「ここでMOROHAが入るよ」と事前に言われても、どの歌詞とセリフがかぶってくるのかもわからなくて、正直やりづらそうだなと思っていたんですけど、いざ入ってもらったらすごくすんなりきて。お互いにいい影響を与えられたというか。やっていて楽しかったですし、本番はアフロさんとUKさんがいるってことが心強かったです。
–−舞台出身の人から演技初心者の人、ベテランの役者、ミュージシャンまでが一気に揃う現場ってなかなかないですよね。
森田:私は、大人の現場に慣れていたんですけど、今回のはガッツリ全員同世代の人とできるということで、確かに新鮮だったし個性的な人ばかりだったから、逆に調和が取れてやりやすかったです。ただ、誰が舞台をやっていたとか誰が何の映画に出ていたというのは考えないようにしてました。シンプルに言えば、全員と一度仲良くなって距離感を縮めたうえで、同じラインに立って協力していかないとできなかったので。
松居:稽古場にお昼に行ったら、屋上でみんなが一緒にご飯食べたりしてた。
森田:たぶん、みんな自然に仲良くしなきゃできないって思っていて。けっこう同世代でもお仕事の場で初めて会ったら敬語になるんですけど、それも止めようって言って、わりとすぐに仲良くなりましたね。
松居:僕は、みんなでご飯食べたりしているところに監督が参加したら、自分だったらちょっと嫌だなって思うから、遠慮したりしてました。
森田:松居さんは、監督って感じじゃなかったですね。でも、大人っていう存在ではありました。もちろん、導いてくれる人ではあるんですけど、突き放すもないですし、無理して輪に入ってくるという気遣いも逆になくて、いい距離感を作ってくださったと思います。
(C)「アイスと雨音」実行委員会
松居:今回は不思議な立ち位置というか、監督というより指揮者に近いなと。結局、僕は最後にVTRをチェックすることしかできないから、芝居をつけた後はカメラマンに任せていました。どうしてもここに辿り着きたいというゴールはぼんやりはあったんですけど、この悔しいという感情を作品に刻みつけたいというほうが大きかったし、命の塊みたいな作品にしたかったので、むしろ芝居を見ながら「もっと魂を!」、みたいなことしか言えなかった。
–−演出家として出演している松居監督がそういう抽象的な意見を言って、「意味わかんない」と役者が陰で話すみたいな掛け合いが本編にもありましたが、実際そういう意見もあったんでしょうか(笑)?
松居:それはないと信じてるけど(笑)。
森田:ないです。でも、実際の稽古のときも、監督はそういう発言をしていて、あのシーンは「何でもいいからアドリブ話してくれ」と言われたパッと出た会話ですね。台本にあった台詞ではなかったので。
松居:毎回違うこと言われるから、俺は毎回傷ついていたよね(笑)。
–−現場では、そんなに「命の塊を作りたい」って言っていたんですか?
森田:めっちゃ言ってましたね。
松居:1日8回くらい言ってた。(田中)偉登とかは感化されてましたよね。
森田:単体で聞いたら本当に意味がわからない言葉なんですけど(笑)、演じていくうちに、もしかして「これのこと?」と腑に落ちていったり、自分たちが熱くなるにつれて「これが燃やしていることか」となってくるから、子どもたちみんなで休憩中に話すときにイジリじゃないけどそのワードをすごく使っていました。「それは命燃やしてないよ」って(笑)。
–−舞台でもあるし、ライブパフォーマンスでもあるけど映画。本作はジャンルをまたいでいますよね。
松居:うん、命ってジャンル。
–−あー、そうですね、としか言えないですけど(笑)。松居さんは、舞台の人であり、映画の人でもあるから、松居さんじゃないと成し得ない作品ですよね。
松居:それはちょっと自負しています。稽古は舞台でしたけど、MOROHAとカメラマンが入って打ち合わせをしていく作業は映像だった。稽古を進めてくれた演出助手とか本番の舞台セットを組んでくれたのはキャンセルになった舞台をやるはずだったチームなんですよ。でも、映像のカメラマンや照明部もいたし、舞台と映画、両方のスタッフが集まってくれて。
–−そんなことって、なかなかないですよね。
松居:僕は、舞台と映画を自分の中で切り離していたんですよ。映像のときに舞台の話をするのも、その逆も気まずいから。両方のスタッフは共有しないようにしていたんですけど、今回は事が事だからと急遽両方抱き合わせて、不思議ですごい体験でしたね。濃い時間を過ごしたというか。
森田:共演者のみんなともすごく仲良くなったから、今だにすっごく連絡を取り合ってます。何かの力が働いたんですかね。
(C)「アイスと雨音」実行委員会
松居:舞台で2ヵ月一緒に過ごしても、こんな濃さにはならないから不思議で。でも、想とは1回バトった。
森田:バトってはない! 一方的に責められただけです。
松居:映画の中でも同じようなニュアンスのシーンがあるんですけど、撮影の3日くらい前になってようやく色々固まってきたときに、「待てよ、想は本当に命を燃やしているのか?」と思って。想が悔しくて悔しくてみんなを巻き込んで舞台に立つという、本当に不器用だから何とかしたいという気持ちが出れば出るほど良いと思っていたんですが、上手いことでき過ぎている感じがして。それで、「1回全部忘れよう」みたいなことをマズいパスタを食べながら言ったんですよ。
森田:水っぽかったパスタ……。いや、それはそうでしたね。その前の自分がけっこう固めてたし、こうやればいいと思っていたこともあって、でもそういう狙いは必要ないってことも知ってて。追い詰められていたときに、ガツンと言われて。「今このタイミングで!?」って思って、すごく動揺していたのは覚えてる。
松居:トイレに走った。
森田:松居さんが女を泣かせた事件。泣くつもりはなかったんですけど、普通に受け答えをしているつもりが泣いていたらしくて。みんながすごい顔で私を見るのでそれで気づいて、1回トイレに行って落ち着いて。
松居:その間もずっと俺は周りから責められて。でも、始まってからは「あれがあったからだ」という変化をしてくれて。
森田:その日まで松居さんからは何も言われなかったんですよ、みんなは何かしら言われているのに。それも不思議で。そのときにガツンと言われたから、逆にやってしまえ!と思いきれたんだと思います。全部が初めてで新鮮で、感じたことがなかったですね。
ケイスケヨシダとのコラボレーションが実現
(C)「アイスと雨音」実行委員会
––今回、「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」が衣装を手がけているのは、どんなつながりで?
松居:元々、キャンセルになった舞台の衣装で彼が入る予定だったんです。舞台はダメになったけど、映画で引き続き衣装をやってほしいとお願いしたら、引き受けてくださって。ケイスケさんのコンセプトと僕らが考えていたことが合致していたので、普通に舞台でやるよりもいい組み合わせだったかもしれない。衣装転換が大変だったことを除けば(笑)。ケイスケさんの衣装は着るのが難しいから。
森田:最後の衣装は、着るのがなかなか大変で(笑)。
松居:想もずっと画面には映っているんですけど、2回くらい着替えるからね。
森田:ボタンの数がかなり多くて。着たら可愛いくてうれしいんですけど、急いで着るのはなかなか大変でしたね。リハで相当練習して。
松居:玲子は本番で3回くらい、首を出すところを間違って。
森田:何なら、着替えが一番焦りましたよね(笑)。
『アイスと雨音』
世界の演劇シーンで注目を集めるイギリスの劇作家Simon Stephensの「MORNING」が日本で初上演されることになっていた、2017年。オーディションで選ばれ、初舞台に意気込む少年少女たちだが、突如公演は中止になってしまう。そんな中、「ねぇ、稽古しようよ」と、ひとりの少女は舞台を続けようとする。渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開中。
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松居大悟
1985年生まれ、福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰。『スイートプールサイド』(14)、『私たちのハァハァ』(15)、『アズミ・ハルコは行方不明』(16)など枠にとらわれない作品を発表し続ける。2018年の公開待機作に『君が君で君だ』がある。
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森田 想
東京都出身、2000年生まれの18歳。出演作に『ソロモンの偽証』(15)、『orange-オレンジ-』(15)、『SCOOP!』(16)、『笑う招き猫』(17)、『心が叫びたがってるんだ。』(17)などに出演。『アイスと雨音』で 初主演。
Photo: Koichi Tanoue Edit & Text: Tomoko Ogawa