16 Jul 2020
今だから感じたい、写真と映像のマテリアリティ 「New Photographic Objects」展

映画館で新作を鑑賞すること、美術館で展覧会を見ること、友達と会うこと……。自粛期間中、これまで以上にデジタルを通してあらゆることをするようになった。少しずつ戻りつつある今も、デジタルに頼らざるを得ない日々は続いている。
埼玉県立近代美術館で開催中の「New Photographic Objects 写真と映像の物質性」は、デジタル技術を多用しながらも、それらメディアの物質性を重視した独自のアプローチをする若い作家たちをフィーチャーしたグループ展だ。
参加アーティストは、迫鉄平、滝沢広、Nerhol、牧野貴、横田大輔。数百枚の写真を積み重ねて切断した断面、くしゃくしゃに折りたたまれたプリントの物理的な襞、映像から立ち上がる観る行為に潜在する触覚的な要素など、それぞれのやり方で、デジタルならではのマテリアリティが浮かび上がらせる。ただ、彼らの作品における特徴的な物質性は、単にフェティッシュなこだわりによるものではない。おのおのが用いるメディアの歴史や特性、機能に鋭く分け入り、それを更新するための戦略によって獲得された性質なのだ。
迫鉄平 《2014年のドローイングブック》 2018年、シングルチャンネル・ビデオ
迫鉄平は、なんでもない光景をとらえたスナップ写真の瞬間を引き延ばしたかのような映像作品で、2015年の「Canon写真新世紀」グランプリを受賞。その後も、複数の瞬間を一枚の写真に畳み込むシリーズなどを展開。「決定的瞬間」から被写体と鑑賞者を解放することを試みる。また、シルクスクリーンやドローイングなど、写真や映像以外の方法でも作品制作するほか、加納俊輔、上田良とのアーティストユニット「THE COPY TRAVELERS」としての活動でも注目を集めている。
滝沢広 「AVALANCHE/SHEET/DUAL」展示風景(rin art association、2017年) ⓒHiroshi Takizawa Courtesy of rin art association
膨大な年月をかけて経年変化してきた石や岩、コンクリートなどのテクスチャーを撮り続ける滝沢広は、それらのプリントを重ねる、切断する、くしゃくしゃに折り畳む、あるいはスキャンし出力した写真を再撮影するなどの多様な手つきによって、モチーフそのものとは異なる、重厚で物質的なイメージを創出する。ストレートにマテリアルにフォーカスするストイックな姿勢は作品のみならず、写真集にも貫かれている。
Nerhol 《Portrait of Mr. Yoshida》 2017年、インクジェット・プリント Nerhol Courtesy of YKG/Yutaka Kikutake Gallery
グラフィックデザイナーの田中義久と彫刻家・飯田竜太によるアーティストデュオNerholは、プリントした膨大な連写写真や映像を積層し、それを物理的に彫り込んでいく手法をとる。彫り方によって、モチーフの人物や風景、ネットに落ちていた素材は、実際のそれらの動きとは違う歪みをもつ。積層された時間を貫く「彫る」という行為が、歪んだ別の時間を表す、まさに物質性が際立つ作品だ。サカナクションのアルバム『834.194』のジャケットに起用され、今年の「VOCA賞」を受賞するなど活躍も目覚ましい。
牧野貴 《Still in Cosmos II》(部分)2016年、プラチナ・プリント ⓒTakashi Makino
カラーリストとして多くの映画やCF、MVの色彩を担当する牧野貴。自然現象や人間、街など既成のオブジェクトをフィルムやヴィデオなど様々なフォーマットで撮影し、編集段階でさまざまな操作を行い、作品を制作する。複雑な事後加工や重層化の操作を経た映像は、抽象画のようでもあり、宇宙の星空のようでもあり、写されたものがなんであるのか判別しづらいほど。その有機的な世界観は、国際的に高く評価されている。ジャンル横断的な活動や、音楽家とのコラボレーションも活発に行っている。
横田大輔 「Room. Pt.1」展示風景(Guardian Garden、2019年)
横田大輔の作品は、データ加工をしたり、出力と複写を反復、特殊な現像方法をしたり、と大胆に加工した巨大なプリントの作品が印象的。写されたイメージよりも、モノの存在感が上回るよう。もともと、自身の限られた制作環境で起こったエラーから始まったという手法は職人的でもある一方、それをつくり出す肉体の痕跡がうかがえるところは、巨大絵画に挑む画家のようにも思える。自身の制作のみならず、写真家の北川浩司、宇田川直寛と結成した「Spew」によるZINEの制作や音楽パフォーマンスなど、幅広い活動を展開している。
同時代に異なる作家が異なるアプローチで、どこか共通する新しい表現(本展では、それを「新しい写真的なオブジェクト」と呼んでいる)を追求していることに素直に驚く。展覧会もデジタルで見た気になっていた期間を経て、日々消費し続けている写真と映像の別の一面である「マテリアリティ」は、きっと新鮮なものとして映るだろう。ぜひ会場で感じてみてほしい。
New Photographic Objects 写真と映像の物質性
会場: 埼玉県立近代美術館
会期: 開催中~2020年9月6日(日)
休館日:月曜日(8月10日は開館)及び6月23日(火)
開館時間: 10:00-17:30 (入場は17:00まで)
入場料: 一般1100円、大高生880円
HP: https://pref.spec.ed.jp/
※念のため、開館日時や入場方法は事前に美術館ウェブサイトでご確認ください。

柴原聡子
建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など