19 Oct 2019
絶対ありえない、なんてない。想像力フル回転で愉しむアート。 岡山芸術交流2019「IF THE SNAKE もし蛇が」

今回で2回目となる岡山芸術交流。アーティスティックディレクターは、世界的に活躍するアーティスト、ピエール・ユイグ。これまでも独自の理念や思考をもった作品を発表してきたユイグ。彼の世界観が存分に味わえる内容となっていた。会場は岡山駅からほど近い、岡山城・岡山後楽園を中心に、各所に点在している。どこも歩いて回れる距離で、そのコンパクトさも魅力だ。
岡山駅にも巨大なバナーが。ここから駅前の大きな道を進むと会場に着く。
参加作家は合計18組。どの作家も国際的に活躍している。どこか、ユイグの作品世界にも通じるところがあるような、そんな気がした。というのも、今や全国各地で行われている国際美術展や芸術祭に比べて、この岡山芸術交流は、全体がひとつの大きな作品ともいえるくらい、異なる作家の作品同士が有機的に結びついていたからだ。
手前のプール:パメラ・ローゼンクランツ《皮膜のプール(オロモム)》奥にあるLEDの画面:ジョン・ジェラード《アフリカツメガエル(宇宙実験室)》
まず、旧内山下小学校を訪れてほしい。廃校となったこの小学校には、ディレクターのユイグの作品も含め、多くの作品が展示されている。
乳液のような(どうやら、欧米人の肌の色に近いリキッドファンデーションをイメージしているそう)ピンク色の液体が溜まったプールは、まったくの不透明でちょっと不気味。そして、プールを囲む柵にはアサガオが。放射線を当てて品種改良したもので、時間によって色が変化するらしい。上を見上げると、ものすごく大きなLEDの画面に、無重力空間を浮遊するカエルの映像がある。すると、近くにいた人たちがにわかに歌い始め、とあるパフォーマンスが始まる(ティノ・セーガルの作品だが、こちらは作家の意向で記録が一切許されていない)。
ピエール・ユイグ《タイトル未定》
続く校庭には、ディレクターのユイグの作品も。これは、同じモノを見た複数の人の脳波のデータを採取、そこから立ち上がるイメージを合成したものだという。たとえ同じ対象を見ていても、それぞれ見ているものは違う。その事実が端的に表れた、面白いプロジェクトだ。
パメラ・ローゼンクランツ《癒すもの(水域)》
そこから進むと、奥に土俵がある。これはかつて学校で実際に使われていたものだそう。そこには、もぞもぞと動く蛇のような?ロボット。周囲の環境に反応するアルゴリズムがプログラムされており、動いたり動かなかったりするので、もどかしい気持ちに。
ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニ《非ずの形式(幼年期)、無人、シーズン3》
校舎の中には、各部屋にオブジェやインスタレーションのようなものがあり、それが何なのかわからないまま進むと、映像へと行きつく。その映像は校舎を舞台に、実際24時間かけて撮影されたもので、近未来の寓話が演じられている。
タレク・アトウィ《ワイルドなシンセ》 筒をつかった大掛かりな楽器は、この中でも一番大きく、ホルンのような音が出る。
そして体育館には、床いっぱいにさまざまな日用品や楽器を再構築した摩訶不思議な音を出すオブジェが散らばっていて、プログラムをもとに無人のまま演奏されている。それぞれは、小さな音やかすかなリズムを出すものから、ホルンのように大きな音を出すものまでバラバラ。けれど、それらがうねりのように一体となる瞬間は、まるでオーケストラのクライマックスのようで迫力満点だ。
先述のプールの周囲を囲む柵に咲いたアサガオ《ノアサガオ:IRBliライトブルー×IRBliシルバーブルー》この周辺含め、各所では、同じ作家による新しく開発した分子(!)をもとに作られた人工香料の香りが漂う(シーン・ラスペット、郑胜平《越香©(2-ベンジル-1、3-ジオキサン-5-オン)》。
こんなふうに、ひとつのサイトをとってみても、数多くの作家による作品がある(しかも、実はこのサイトにはもっと他の作品もあるけど、説明していないものもたくさん)。一見、何の関係もなさそうに思えるが、この順番に巡っていくと、体感として、通奏低音のような、共通する何かを感じるようになる。
ファンデーションは人工の肌をつくるアイテムだし、アサガオも化学的に品種改良されている。カエルの映像はフルCGらしく、奇妙なほど高解像度。そして、演奏者不在のまま奏でられる音楽や、不死身と新たな生命の誕生という、今や現実味をおびてきた近未来的おとぎ話。人工的なものがあまりにも生活に完全に入り込んでいる今、自然と人工、現実とイメージといった区分けは何の意味もなさない、その大前提の見直しを迫られる。
エリザベス・エナフ《ドリフト》この川からサンプルを採取、得られたデータをもとに『GENE ZINE』(遺伝子のジン)を発行した。
会場のほど近くを流れる川は自然豊かで美しい。その川からサンプルを採取、どんな生物のDNAがあるかを分析した、科学者でもあるアーティストもいる。人気のデザインショップ&カフェ&ギャラリー「CCCSCD」では、なかなかすごい色味の未来っぽい?お弁当が売られている。中身は、話題のスーパーフード、ユーグレナ(ミドリムシ)のクッキーや、寒冷地でも育つよう改良されたバナナ、ドラゴンフルーツやスピルリナの色素で色を付けたおにぎりなど。
作家が日本のさまざまな研究所や企業と協働して開発した、未来の?お弁当。シーン・ラスペット、インテグリカルチャー株式会社/Shojinmeat Project、株式会社ユーグレナ、Nonfood、農業法人株式会社D&Tファーム(岡山)、CCCSCD – Cifaka他《無題(弁当)》
到底すべてのサイトについては紹介しきれないが、もうひとつだけ。林原美術館というプライベートの美術館では、ティノ・セーガルの作品である、少女が独白するパフォーマンスに遭遇する(《アン・リー》)。これには、ユイグがかつて日本のアニメ会社からとあるキャラクターの使用権利を買い取り、それを他のアーティストが自由に使えるようにした、という前段がある。つまり、この作品は、そのキャラクターをもとにした二次創作、ともいえる。その奥には、AIクリーチャーにお供え物をする架空の神社という、イアン・チェンによるアプリ「BOB」の映像が(アプリはbobs.aiから無料でダウンロードできる)。
ここでもまた、イメージと現実は異なるものという前提が、かく乱される。
アプリになっているクリーチャーの背景が漫画的に描かれている。作家はピクサーにもいたことがあるそうで、その影響も感じられる。イアン・チェン《BOBのいる世界(教典その1)》
あらたなテクノロジーやサイエンスを享受する私たちは、それ自体が動かぬ証拠、確固たるものだと信じてしまいがちだ。けれど、理系の学者が、実はとてもロマンチックに世界や宇宙をとらえ、研究していたりするように、「ありえない」と思い込みを解除し、「ありうる」と想像してみることは、科学にとっても重要、人々が未来に進む原動力になっている。
ディレクターのユイグは、「ありえないと思っている世界を見るためにはフィクションが必要。向こう側の世界に、想像力をもってアクセスする」と話している。ユイグがこの展覧会に仕掛けたのは、ありえたかもしれない世界の一端。変化し続ける世界や、未来の可能性が、あちこちに宙ぶらりんの状態で置かれている。それらを拾い集めるように辿っていくと、ひとつのストーリーに行き着くようでいて、また謎がかけられてしまう。己の想像力を駆使して、蛇のようにくねくねと進む、道行きそのものを愉しんでほしい。
外壁に投影された大きな煙の映像。岡山にいる人のSNSのデータから得られた“今の気分“によって、煙の色がかわるという。ミカ・タジマ《ヒューマン・シンス(岡山)》
岡山芸術交流2019「IF THE SNAKE もし蛇が」
会期: 開催中~11月24日(日)
休館日: 月曜日(11 月4日(月・振休)は、翌日の火曜日休館)
開催時間: 9:00~17:00(入館は16:30まで)
会場: 旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、シネマ・クレール丸の内、林原美術館ほか
*同エリアには、3年前に開催された際に設置された屋外作品や、建築家とアーティストがコラボした宿泊施設など、見所もたくさん。コンパクトに回れるけれど、ボリューム満点なので余裕をもって訪れてみて。しかも、神戸ではTRANS-が11月10日(日)まで開催中、11月4日(月)までは瀬戸内芸術祭の「ひろがる秋」も……。いっそのこと、数日かけたアート旅行にしてみてはいかがでしょう?

柴原聡子
建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など