サンドイッチと本を携えて 1人ピクニックのすすめ

サンドイッチと本を携えて 1人ピクニックのすすめ

ああ、せっかくの休みだというのに寝坊してしまった。窓からあふれんばかりの光が差し込んでくる。外はとてもいい天気だ。公園でごはんでも食べたら気持ちいいだろうなと考えるが、友だちを誘うにも急過ぎるし、あまり大掛かりになってしまうのも違う気がする。よし、1人ピクニックを決行だ。


ピクニックとは何か?について考える。

ピクニックはいつから始まったのか。語源は諸説あるようだが、17世紀のフランスの辞書に「持ち寄りで食事をする」意味で「pique-nique」と書かれたのが印刷物として残っているという。貴族が屋外で食事を楽しむ文化はイギリスへと渡り、19世紀になるとイギリス社交界に「ピクニック・ソサエティ」というグループが誕生。上流階級の間で大流行し、絵画のモチーフにも多数登場している。そして一般の人々にも普及していった。

イギリス人の作家ルイス・キャロルがリデル三姉妹とピクニックに行った際、後に世界中で読み継がれることになる『不思議の国のアリス』を口頭で語り聞かせたのが1862年のこと。三月うさぎと帽子屋がアリスとヘンテコなお茶会を繰り広げるのも、庭の1本の木の下である。ピクニックで生まれたのだ。
現代におけるピクニックとは──思い立ったら1人でさくっと道具をバッグに詰めて、屋外で気持ちよく食事をすること。さらにあったらうれしいのは、おいしいサンドイッチとコーヒー、1冊の本も……あれ、だんだん欲張りになってきた。

 

一切れのパンとハム、チーズがあればさらにいい。

「こんなお天気のいい日に、散歩に出かけるクマも多いが、ちょっとひと口やるものをもってくるなんてことかんがえるものは、まずあるまいな」(『クマのプーさん』より)と言ったのはクマのプーさんで、ひと口やるのはハチミツだけれども、もうちょっとゴージャスに、お腹が満たせるものがいい。簡単に調理ができ、持ち運びができて、手軽で、でも満足感があり、お皿もフォークもいらない食事といえば……、サンドイッチです。

材料はシンプルにパンとチーズとハム、以上。冷蔵庫からバターを出して常温で置き、パンに薄く塗ったらマスタードとマヨネーズを少々。ハムとチーズを挟んだら、はい出来上がり。もちろん美味しくしようと思えばコツは際限なくあるだろうが、逆に簡単にしようと思えば、バターやマスタードでさえなくったっていい。パンにハムとチーズを挟めば立派なサンドイッチだ。ああ、なんて簡単な料理。サンドイッチを発明した伯爵に再敬礼し、こんな簡単な料理を考案してくれてありがとうと叫びたい。いや、ちょっとまてよ、本当にサンドイッチ伯爵がサンドイッチを考案したのだろうか。伯爵が、長年の実験により失敗を繰り返し「短冊形のハム数片を2枚のライ麦パンで上と下からはさんだものが完成。霊感にうたれて、さらにマスタードをあしらう」(『これでおあいこ』より)そんな、サンドイッチが発明された歴史的瞬間があったのだろうか。答えは否、これはウディ・アレンが妄想でサンドイッチ伯爵の伝記を書いた短編小説の一節にすぎない。

それ以前にも存在していたであろう薄切りのパンに冷肉を挟んで食す食べ物がサンドイッチと呼ばれるようになったのは1762年のこと。第4代サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギューの名に由来する。ギャンブル好きでポーカーに興じながら食べたという説もあるけれど、どうやら執務に忙し過ぎてデスクで激務をこなしており、片手で食べられるパンに肉を挟んだものを夜食に持ってこさせていたのが上流階級の間で広まったという話が有力説。サンドイッチは貴族の狩猟会やピクニックに最適な料理であったのだ。その後、鉄道の発達とともに民衆にまで浸透するのにそう時間はかからなかった。

 

家にパンがなければ、お店で買えばいいじゃない。

ピクニックに話を戻そう。サンドイッチをワックスペーパーに包み、食器をカゴ製のハンパーに詰めれば、完璧な英国スタイルのピクニックの完成!それができればいいのだけれど、こちらは思いつきの1人ピクニックだ。もっと気軽に気楽にピクニックしたい。公園に行く途中にパンとハムとチーズを調達すればよい。なんなら、美味しいサンドイッチを買っていくのもいいだろう。だって、公園の側には美味しいパン屋が待ち構えているのだから。

公園からパン屋を選ぶか、パン屋から公園を選ぶか。皇居の南側、銀座にもほど近い日比谷公園に行くなら、日比谷シャンテ1階にオープンした「ル・プチメック HIBIYA」(東京都千代田区有楽町1-2-2/03-6811-2203)。硬すぎも柔らかすぎもせず、パリッと一口ほおばったあと、ふんわりとした生地の間に各種具材がこれでもか!というくらいたっぷり入った名物バゲットもいいし、ローストビーフや野菜がぎっしり詰まったサンドイッチも捨てがたい。ええい、両方買ってしまえ。

ピクニック 初夏 ギンザ パン

有栖川公園に行くなら「DEENEY’S(ディーニーズ)」(東京都港区南麻布4-5-2/03-5656-9569)へ。広尾駅から公園へと向かう途中、ナショナル麻布スーパーマーケットの前に止まっている黒のヴィンテージトレーラーが目印。ハギスのハーブ、チーズの香りがたまらない。迷わず看板メニューの「マクベス」という名のトースティをオーダー。カリッカリになるまでプレスされた薄切りパンの間に、羊の内臓とオートミール、スパイスやハーブなどを混ぜて作られるスコットランド伝統のハギスとキャラメルオニオン、チェダーチーズ、ルッコラなどをぎゅっとサンド。飲み物はスーパーで調達して、いざ公園へ。出来立て熱々をがぶりとやろう。

ピクニック 初夏 ギンザ パン

代々木公園へ向かう時、パン屋に困ることはない。駅の周辺には「365日」や「Path」、「ル・ヴァン」……むしろたくさんあり過ぎるのではしごしてもいいくらい。だが、ふらっと立ち寄るならパン屋ではなく公園から目と鼻の先の「リトルナップ コーヒーロースターズ」(東京都渋谷区富ヶ谷2-43-15/03-5738-8045)が重宝する。ハンドドリップで丁寧に淹れたコーヒーとマフィンやサンドイッチを手に入れて、公園でゆっくり味わおう。

ピクニック 初夏 ギンザ パン

サンドイッチで小腹を満たした後は、ごろんと横になってリトルナップしてしまう前に、本でも読むことにしよう。自然の中で読みたい本。ふと、トーベ・ヤンソンを思い出した。

 

日差しを浴びながら遠い国の夏を想う。

『少女ソフィアの夏』は、おばあさんと、母親を亡くした少女ソフィアと、ソフィアの父の3人が、フィンランド湾に浮かぶ小さな島の夏の家で過ごした様子を描いた短編小説。おばあさんはトーベの母。電気もガスも水道も電話も店だってない、文明とは無縁の島は、トーベが夏を過ごしていたクルーヴ・ハル島がモデルになっている。島の夏は短い。凍てつく厳しい冬を越え、夏は一気に島中の生命が芽生える。そんな束の間の生命を慈しむように生き生きと描く。トーベが描く自然は、むっとした匂い、頭の中にまで響いてくる音、肌にザラっとくる触感までが感じられる。

「虫の羽音に耳をかたむけると、虫たちはつぎの瞬間、何千億にもなって、高く低くおしよせてくる音の波で、この世を、あふれる夏の喜びでみたした」(「牧場にて」より)

「風向きのいい、ころあいの日に、エゾノウワミズザクラの木の下に寝ころがると、花びらがいっせいに散るのを見る幸運に出合える。ただ、こまかいアブラムシをあびないように、気をつけなければならない」(「洞穴」より)

物語の中では、大きな事件は起こらない。荒々しく、厳しい自然の中で、おばあさんとソフィアの関係は育まれていく。

 

半径数メートルの木々や鳥を愛でる。

トーベ・ヤンソンの世界に浸り、少し自然が身近に感じられたら、リアルな周囲を見回してみよう。東京にだって小さな自然はたくさんあるのだから。

植物は見て、色やかたち、感触や匂いを感じるだけでも十分楽しいのだけど、好きな樹木や花の種類が覚えられたら、さらに喜びは増すし自慢もできる。自然観察をする際に手助けとなるアプリをいくつか紹介したい。

最新の画像認識技術を用いたアプリ「Leafsnap」なら、葉っぱを撮影するだけで、それが何の植物か、どんな実をつけるのか、どういう花が咲くのか、樹皮のテクスチャーなどを教えてくれる。現在のところ北米中心のデータしかないのが残念だが、スミソニアン協会によるデータベースのうっとりするような美しい写真を見ているだけでも浸れる。フランスの研究機関がリリースした「PlantNet」も同様。スマホで撮影した写真で植物や花が同定できる。

「ツピィツピィツピィ」「ギーギーギー」「ジジジジジジジジ」公園の中にいると、いつもは聴こえない鳥の声が耳に入ってくるだろう。鳴き声から鳥の種類を教えてくれるのが「さえずりナビ」だ。マップでポイントをマークし、時期、環境、声がした場所、時間帯や鳴き声などを入力し検索すると複数の鳥の候補が現れ、鳥の種類を絞り込んでいくことができる。鳥の名前からも検索可能だ。

春から初夏にかけて、都内の公園ではたくさんの野鳥が見られるので、いくつか覚えておこう。白い体で頭と胸のあたりに黒い線が入り、美しいさえずりを披露するシジュウカラ。樹の高いところにいるキツツキの一種で、背中のボーダー模様と「ギーギー」という鳴き声が特徴のコゲラ。水場にいる冴えた美しい翡翠色でオレンジ色のお腹、長いくちばしを持ったカワセミ。

鳥のさえずりは、一度意識し始めると、日常でもふとした瞬間に聴こえてくるようになる。自然への解像度が上がると、都会にいても、小さな生命に気づくことができるようになる。

ソフィアのおばあさんはある時こう言った。「孤独ねえ……。それはまあ、最高のぜいたくですわ」  友だちと一緒にわいわい行くピクニックもいいけれど、時間を気にせずのんびりと過ごし、さっと撤収する1人ピクニックも捨てたもんじゃあない。思い立ったら、さあ近くの公園へ。

参考文献: A. A.ミルン、石井桃子訳『クマのプーさん』(2000 岩波少年文庫)/ビー・ウィルソン、月谷真紀訳『サンドイッチの歴史(「食」の図書館)』(2015 原書房)/ウディ・アレン、伊藤典夫・浅倉久志訳『これでおあいこ』(1981)/トーベ・ヤンソン、渡部翠訳『少女ソフィアの夏』(1993 講談社)

Tシャツ ¥14,000(キャン ペプレイ | ディプトリクス 03-5464-8736)/ハイウエストデニム ¥27,000(アナトミカ | アナトミカ 東京 03-5823-6186)/クラウディア パーソンのイラストが描かれたティータオル ¥2,400(スイムスーツ デパートメント 03-6804-6288)/木の上に広げたプレイスマット ¥5,500(エイチ・ピー・デコ | エイチ・ピー・デコ 03-3406-0313)/エナメルのプレート ¥1,000(レイバー・アンド・ウエイト | レイバー・アンド・ウエイト・トウキョウ 03-6804-6448)/ヴィンテージハンドルのトートバッグ ¥3,800(プエブコ | プエブコ 03-6805-3960)/フープピアス*スタイリスト私物

Photo: Elena Tutatchikova Styling: Reiko Ogino Hair & Make up: Ryoki Shimonagata Model: Victoria Schons Text: Keiko Kamijo

GINZA2018年6月号掲載

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