東京の街を舞台に、人が恋に落ちる瞬間をスクラップしたショートストーリー。
江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO Vol.5』
人もまばらな深夜の阿佐ヶ谷を早稲田通り沿いに僕は自転車でヨロヨロと走っていた。大きな重い袋をハンドルに引っ掛けて更にギターまでも背負っているので今もし向かいから他の自転車が走ってきたら間違いなく転んでしまうだろう。
息を切らして目的地に着くとひとまず荷物をテーブルに降ろして、持ってきた袋から大量の服とポケットから取り出した小銭を大きな洗濯機の中に放り投げると元気に洗濯機は回り出した。
最初の頃は休日の昼間に来ていたが利用する人が多く順番待ちをしたりなんかするのが窮屈に感じたので一度試しにと夜中に来てみたらあまりの居心地の良さにすっかりハマってしまい今では完全に深夜派になってしまった。コインランドリーから家までは歩くと10分自転車なら3分と微妙に遠く、一旦帰るのも面倒なので最初のうちは読書をしてみたりもしたがこの時間には人っ子一人来ないということに気づき、ついに僕は待ち時間を利用してギターの練習まで始めてしまった。
通りに面した壁はガラス張りで店内には大きなテーブルと椅子が2脚。洗濯機と乾燥機だけがあるシンプルな造りだった。昼に来ると取り合いになる椅子も夜中は使い放題だった。洗濯機を回し、椅子に座りケースからギターを取り出すと最初は小さな音でポロンポロンと弾き始めるが洗濯機の大きな音に押されて気がつくと大体ジャカジャカ弾きまくっていた。稀に人も通るがその時だけは恥ずかしくなって音を小さくするよう気をつけた。
この日もいつものようにギターを取り出し、初めは小さな音で弾いているとポツン、ポツン、と外から雨の音が聞こえてきた。帰りまでに止むかなぁとあまり深く考えずにギターを弾いていると突然息を切らした女性が駆け込んで来た。
膝に手をつき呼吸を整えながら女性はこちらに気づき
「あ、ちょっとだけ雨宿り、いいですか?」
僕は持っていたギターをテーブルの下に隠すように下げて黙ってうなずいた。
「え?ここコインランドリー?ですよね?ギターなぜ?」
女性は少し酔っているようだったがさすがにコインランドリーにギターを持った男がいる異変にはすぐに気づいてびっくりした顔をしていた。変に勘違いされても困るので(とはいえ怪しいことには変わりないが)雨宿りがてらこれまでの経緯を一から説明した。
「そういうことか!なんか変な夢でも見てるのかと思っちゃった。雨まだ止まなさそうだしなんか1曲歌ってください!」
ここでさらっと1曲歌えたら何の苦労もない人生だったろう。情けないことにギターを始めて1年、僕はまだギターを弾きながらまともに歌うことができなかった。
「じゃあさ、歌はいいからギターの音だけでも」
最初は小さな音でいつも練習してる曲を弾いてみた。初めて人前で弾くギターはいつもの1万倍弾けてない気がしたし、時間はもう1年は余裕で経ったんじゃないかってぐらい長く感じたけどガタガタ回る洗濯機のおかげでどうにか地に足をつけていられた。終わった後は嬉しいと恥ずかしいが入り混じった気持ちでいっぱいだった。
「すごい!ギターいいじゃん!お礼にアイス奢るよ!」
そうこうしているとちょうど洗濯が終わったが雨を言い訳に洗濯物を乾燥機に移すといつもより多めに百円玉を入れ、一緒に近くのコンビニまでダッシュして買ってもらったハーゲンダッツを食べ、乾燥機が回るのを一緒に見ながらああだこうだと僕らは話し続けた。
Inspired song
『コインランドリーデート』TOMOVSKY
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江本祐介
1988年生まれ。作曲家。ENJOY MUSIC CLUBでトラックと歌とラップを担当。7インチレコード『願いに星を』発売中。emotoyusuke.com