東京の街を舞台に、人が恋に落ちる瞬間をスクラップしたショートストーリー。
江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO Vol.8』――残業→終電コースも悪くない?
仕事をある程度片付けたころにはもうオフィスに残っているのは自分だけだった。冷めたコーヒーが少し入ったマグカップを洗いに給湯室に向かう途中、窓から外を見下ろすと向かいのビルの隙間からイルミネーションがキラキラと溢れているのが見えた。年末は忙しいと入社前には念を押されていたがこのままいくときっと年の瀬まで仕事になるだろう。別に一緒に過ごす人がいるわけでもないがやっぱりクリスマスにひとり仕事は寂しいよなぁと思いつつ洗ったマグカップを棚に戻し、残りの仕事を片付けるべくすぐにデスクへ戻った。
そのまましばらく続けたが仕事は終わらず残りは帰ってやるかぁと書類をカバンに詰めながら時計を見ると時刻はすでに日を跨ごうとしていた。急いで上着を羽織り、外に飛び出ると思っていた以上に寒くマフラーでも巻いてくればよかったと少し後悔した。
駅の入り口がある表参道の交差点に着くとイルミネーションの灯りはもう消えていた。階段を下り、改札に向かうと改札の前でカバンの中をゴソゴソと何か探している様子のスーツの女性がいた。話しかけるのを迷ったが、終電間近でおそらく財布でも失くしたのだろうと思うと放っておけなかった。
「えっと、大丈夫ですか?」
「あ、すいません邪魔ですよね。財布職場に置いてきちゃったみたいで……あーどうしよ」
「もしよかったら電車賃ぐらいなら貸しますよ」
「いや!悪いですよ!今からダッシュで戻れば……」
「でも終電やばくないですか?」
電光掲示板を見る限り、渋谷方面へはあと30分弱あるが浅草方面へはもうあと5分で発車という状況だった。
「……ほんとすいません!お借りしてもいいですか?」
明日の電車も大変そうだなと思い、財布から千円札を2枚取り出し彼女に差し出すと
「帰ればちょっとはお金あるんで千円で大丈夫です!」
と言い1枚はこちらに返してくれた。走ってすぐに券売機で切符を買い戻ってくると、2人で銀座線浅草方面の終電にどうにか滑り込んだ。満員ではないが席は埋まっていたので2人並んで吊り革に掴まった。
「いやぁもう本当にありがとうございます!助かりました」
「いやいや、それにしても俺も危なかった」
「巻き込まずに済んでよかったです」
「ほんとよかったよ。っていうか千円で帰れる?」
「大丈夫です!ありがとうございます!」
電車はすぐに外苑前駅に止まったが降りる人も乗る人も無く、また発車した。ガラスに反射する自分たちの姿を見ながら仕事の話や最近見たドラマの話なんかをしているうちになんとなく打ち解けて話題はクリスマスの話になった。
「俺はいつも通り仕事かなー」
「私も今年はひとりでテレビ観て過ごすことになりそうだし仕事しようかなぁ」
「えっ?」
新橋駅に到着して少し人が降り、席がまばらに空いた。
「席空いたんで座ってください!私もう次の駅で降りなきゃ。あの借りたお金って返す時どうすればいいですか?」
「えっと、LINEかなんかやってる?都合いいときにでも連絡もらえれば」
電車の揺れのせいでなかなか読み込めないQRコードをどうにか読み込み、連絡先を交換した。
「じゃあ今度これのお礼に飲みにでも行きましょう!私奢ります!」
電車がゆっくり駅のホームに入っていく。
「いいよいいよ、とりあえず時間あるときにでも連絡して」
ドアが開き、彼女はじゃあまたと軽くお辞儀して電車を降りると銀座駅のホームを歩いていった。
電車がゆっくり走り出し、離れていく彼女の後ろ姿を見ながらどうにかクリスマスは残業せずに済む方法はないかと考えた。クリスマスまで、あと幾日もなかった。
Inspired song
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江本祐介
1988年生まれ。作曲家。ENJOY MUSIC CLUBでトラックと歌とラップを担当。emotoyusuke.com