長いお休みはお家でゆっくりしたい。そんな時はハリウッドのロマコメ映画を観ましょう。たった2時間で胸がキュンキュンできるのはもちろん、 恋愛観や家族観についてもとことん考えられるんです。さて、ロマコメの魅力とは?
現代女性を悩ませる「シンデレラコンプレックス」におさらばしたいなら、このラブコメを見よ!21世紀のロマンティックコメディ案内vol.1
〝シンデレラ コンプレックス〟に さようなら!
「ロマコメ映画なんて……」。21世紀に入った頃からでしょうか、耳を澄ませばそんな声が聞こえてくるようになったのは。続きはだいたいこんな具合。「どうせ最悪な出会いを果たした男女がひょんなきっかけから惹かれ合うんでしょ?」「初めてのセックスは部屋を破壊せんばかりに激しいんでしょ?」「いくつかの悶着を経ながらも最後には結ばれるんでしょ?」「細部はちょっと変えていても基本路線は80年代から変わらず、あるあるネタの波状攻撃なんでしょ?」……etc。オーケー、大筋ではその通りかもしれません。実際、その手のあるあるネタを過剰にパロディ化することでロマコメを徹底的に茶化した『ラブコメ処方箋 甘い恋のつくり方』なんておバカ映画もありますしね。
けれども、この際だから声を大にして言わせてください。そのちょっと変わった細部によくよく目を凝らしてみて、と。特に21世紀に入ってからというもの、時代の変化をさらりと織り込んで、私たちの凝り固まった恋愛観・結婚観をマッサージしてほぐしてくれるような、現代女性が生きる上でのヒントになりそうなロマコメ映画が少なからず存在するんですから。
たとえば、かつて恋する現代女性を悩ませる厄介事のひとつに、「シンデレラコンプレックス」があると言われていました。この概念を提唱したコレット・ダウリングはこう綴っています。「シンデレラのように、女は今日もなお、外からくる何かが人生を変えてくれるのを待ち続けている」と。なかなかいい恋人が現れないときなんかに、ついついこう呟いちゃった経験はありませんか?「私にも早く白馬に乗った運命の王子様が現れないかなぁ」と。それすなわち「シンデレラコンプレックス」の正体というわけです。社会的にはまだまだ不十分だとはいえ、精神的には男性の手助けなしに生きられる女性がたくさん活躍している現代では、「いつの時代のお話?」と訝しむ人もいるかもしれません。しかし、もし心のどこかで「イエス」と答えた人がいるなら、ぜひ観てもらいたいのが『魔法にかけられて』です。
そもそも、ある種の女性がいまだに白馬の王子様を信じてしまうのはどうしてなのでしょうか。理由はいろいろ考えられますが、真犯人の1人を名指しすることは難しくありません。そう、ディズニーのプリンセスものです。『魔法にかけられて』が画期的なのは、当の真犯人であるディズニーが制作している点です。本作は、「夢と魔法の世界」(これはアニメで描かれます)の森の奥で「いつか白馬の王子様が現れるはず」と歌って暮らしていたジゼル姫が、首尾よく通りがかりの王子様と婚約した……かと思いきや、魔女の悪巧みによって「永遠の幸せなど存在しない世界」としてのニューヨークへ追放されてしまうところ(ここから実写です)から幕を開けます。ジゼルはそこで王子様ではない男性と出会って仲を深めていくのですが、クライマックスでその男性はドラゴンに変身した魔女に囚われてしまいます。そのとき、ジゼルはどうするか。剣を片手にみずから救出に向かうのです。つまり、森の中でおしとやかに歌でも歌って待っていれば、世界に1人しか存在しない白馬に乗った王子様が現れるなんていうのは「夢と魔法の世界」でのみ通用するファンタジーであって、現実には男性は星の数ほどいるし、誰かを好きになったらこっちから迎えに行っちゃっていい。ディズニーがみずからそうカミングアウトしてしまうのが『魔法にかけられて』なのです。プリンセスを助けに現実世界にやってきた王子様もまたこの世界でナンシーという女性に恋をするのですが、なぜか自分はプリンセスとしか恋をしちゃいけないと思っている彼がジゼルにフラれた後の行動も見てみましょう。彼はジゼルが落としていったガラスの靴を試しにナンシーに履かせてみたら、あら不思議、ぴったりではないですか。元ネタである『シンデレラ』ではガラスの靴を履けた者こそが運命の女性となるわけですが、24、5センチの靴が履ける人なんて現実にはいくらでもいるのと同じように、運命の女性になりうる相手だっていくらでもいるのは言うまでもありません。恋なんてただの思い込み。気軽に楽しくやればいいのです。「言われなくてもわかっている」と思うかもしれませんが、こんな映画をディズニーが作ったことの意味はやっぱり大きいと思います。
この〝脱「シンデレラコンプレックス」もの〟をさらに過激に推し進めているのは、『ナイト&デイ』でしょう。ヒロインは白馬の王子様を待ち続けていたらすっかり中年になってしまったジューンです。そんな彼女の前に、ナイスガイを絵に描いたようなロイが現れます。しかし、実は彼、CIAだったからさぁ大変。彼女は陰謀に巻き込まれ、2人は数々の修羅場をくぐり抜けることになります。いつだってロイはジューンを最優先に守ってくれるもんだから、彼女は「この人こそが私の王子様だ」と言わんばかりに惚れていくのですが、ロイからすればあくまでCIAとしての職務を全うしていただけ。一難去れば彼女と一緒にいる理由はありません。これに黙っちゃいないのがジューンです。なんと彼女、今度はみずから危険な場所に乗り込んでしまうのです。そうすれば、ロイが職務だとしても助けに来てくれると知っているからです。繰り返しますが、恋なんてただの思い込み。ロイを運命の人だと思い込んで、命がけの行動にうって出るジューンはその最たるものと言えるでしょう。しかし、そんな彼女のなりふり構わなさに勇気をもらえるのも事実。「自分で動き出さなきゃ何も起こらない夜に何かを叫んで自分を壊せ!」なんていう歌がありましたが、恋も同じなのです。
🗣️
文・鍵和田啓介
ライター。「POPEYE」「GINZA」「BRUTUS」など雑誌を中心に活動。著書に「みんなの映画100選」。来春、インディペンデントファッション雑誌「PENDING MAGAZINE」を立ち上げる予定。
🗣️
絵・カナイフユキ
イラストレーター、コミック作家。エッセイも交えたzineの創作を行っており、過去3年間のzineをまとめた書籍『LONG WAY HOME』の発売に合わせ、SUNNY BOY BOOKSで個展を開催中(1月10日まで)。fuyukikanai.tumblr.com