長いお休みはお家でゆっくりしたい。そんな時はお家でハリウッドのロマコメ映画を観ましょう。たった2時間で胸がキュンキュンできるのはもちろん、 恋愛観や家族観についてもとことん考えられるんです。前回に続きロマコメの魅力を徹底解剖します!
失われた愛の取り戻し方を学ぶなら見るべき1本 21世紀のロマンティックコメディ案内vol.4
再婚コメディって何?
21世紀のロマコメにおきましては、恋愛だけにとどまらず、結婚のかたちもアップデートされています。ここで唐突に歴史の勉強に入りますが、ハリウッドで第一次ロマコメブームが起こった1930年代、繰り返しテーマになっていたのは再婚でした。といっても、当時は「結婚は神聖にして侵されざるもの」という建前があったので、擬似的な再婚と言った方が正しいかもしれません。離婚の危機にさらされたカップルが、あれやこれやの事件を経て、もう一度愛し合うことを誓うといった具合に(『新婚道中記』など)。こうした潮流を再婚コメディと名づけて分析した哲学者のスタンリー・カヴェルは言います。「(映画がテーマにしてきたのは)女性の創造であり、教育を受けたい、自らの物語に声をもたせたいという女性の要求である(あるいは、かつてはそうであった)。それを結婚の可能性の形で描くのがコメディである」と。つまり、ロマコメは誕生して間もなくから結婚についてかなりヒネりが利いていたというわけですね。
21世紀において、そのDNAを引き継いでいる作品もあります。不意打ちのように妻から離婚の申し出を受けて途方に暮れる男が、バーで出会った謎の色男に、妻の心を取り戻すための心得を伝授してもらう姿を描いた『ラブ・アゲイン』、結婚して31年目の熟年夫婦が、一風変わったカウンセリングを通して、失われた愛を取り戻す『31年目の夫婦げんか』なんかがそれに当たります。30年代の再婚コメディにおける離婚危機の原因がどこかかわいらしいのに対し、以上2作は夫に対する妻のシビアな不満(夜の営みとか……)に端を発しているあたり、21世紀にふさわしい再婚コメディだと言えるでしょう。
この路線ではもうひとつ、『セレステ∞ジェシー』を紹介させてください。この作品は再婚コメディのさらにその一歩先に歩みを進めています。まずはあらすじから。セレステ&ジェシー夫妻は親友のように仲がよいのに離婚を決意します。なぜかといえば、キャリアウーマンであるセレステは、絵の才能に秀でているのに何も行動を起こさないジェシーに不満を抱いていて、「今の頼りない彼との間に子どもは作りたくない」と思っているから。明言はされませんが、どうやらセレステはそんなジェシーのやる気スイッチを押してあげたくて、離婚をちらつかせているようです。ジェシーはセレステの意見を尊重するために離婚の提案をしぶしぶ受け入れますが、彼女の真意には気づいていません。それどころか、「どうせ別れるんだから早く別な子とデートしてきなよ」とセレステに言われれば、好きでもない元カノとデートまでしちゃうんだから、どうしようもないボンクラです。では、ジェシーはどこでどう一念発起し、セレステと元サヤに戻るのでしょうか。残念ながら、そんな瞬間は永遠に訪れません。なんせ彼は元カノを妊娠させてしまうんですから。そう、『セレステ∞ジェシー』は、いかにも再婚コメディと見せかけて、実は離婚コメディだったのです。離婚コメディと呼べそうな作品は他にもあるんですが、『セレステ∞ジェシー』はセリフの秀逸さにおいて他の追随を許しません。特にドキッとさせられたのは、元カノの妊娠発覚後にジェシーがセレステに語る「君以外との間の子どもの父親になるなんて思いもしなかったよ」というひと言。ずいぶんと自分勝手な物言いと思うかもしれませんが、男性はなろうと思って子どもの父親になれるわけではないのは確か。子どもを生むか否かに関しては、男性はかろうじてそこに間接的に関与できる場合があったりするだけで、最終的なカードは女性の側が握っているからです。アメリカ映画の一大テーマのひとつに「いかにして理想の父になるか?(あるいは、それに失敗するか?)」というのがありますが、『セレステ∞ジェシー』はその手前の部分をロマコメ的な仕方で描いた作品と言えるかもしれませんね。
ちょっと余談になりますが、先に名前が出たスタンリー・カヴェルによれば、ロマコメの生みの親はシェイクスピアだそうです(『テンペスト』なんかがその典型)。深入りするとややこしくなりそうなので詳細は省きますが、なるほどなと思うのは、現代のロマコメのなかにシェイクスピアの戯曲を翻案した作品もいくつか存在するから。なかでも、キュンキュンできるのが、『アメリカン・ピーチパイ』と『恋のからさわぎ』(こちらは1999年製作なので微妙に21世紀ではないですが)です。どちらも学園もので、前者は『十二夜』、後者は『じゃじゃ馬ならし』を原作としています。興味深いことに、両者ともにヒロインがフェミニスト的な考え方の持ち主であるということ(もうひとつ付け加えると、女子サッカー部員であるということ)。どうやら、シェイクスピアはロマコメはおろか、フェミニズムとも相性がよいようです。さらに余談ですが、シェイクスピアの妻はアン・ハサウェイという名前だったそうですね。
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文・鍵和田啓介
ライター。「POPEYE」「GINZA」「BRUTUS」など雑誌を中心に活動。著書に「みんなの映画100選」。来春、インディペンデントファッション雑誌「PENDING MAGAZINE」を立ち上げる予定。
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絵・カナイフユキ
イラストレーター、コミック作家。エッセイも交えたzineの創作を行っており、過去3年間のzineをまとめた書籍『LONG WAY HOME』の発売に合わせ、SUNNY BOY BOOKSで個展を開催中(1月10日まで)。fuyukikanai.tumblr.com