28 Feb 2023
選挙の開票速報を見て喜んだためしのない私が『劇場版 センキョナンデス』を観て考えたこと

政治に詳しいわけではないけれど、こうすればよりよい社会になるのにと思うことなら多々ある。でも選挙のたびに、その願いが必ずしも多数派ではないことを思い知らされて、落ち込んでしまう…。そんな人におすすめしたいのが、ダースレイダーさんとプチ鹿島さんが監督・出演を務めたドキュメンタリー映画。『劇場版 センキョナンデス』がくれるのは、選挙への新しい視点だ。
私にとって選挙はほぼほぼ「負け試合」だ。もう長いこと開票速報が流れるたびに、議席数を見た瞬間「ファァァ〜…」と、魂が若干漏れ出てそうなくらい深いため息をついてきた。
事前にSNSを見ていると「選挙盛り上がってるじゃん。今度こそ何かが変わるかも」と希望を抱いたりするのだけど、実際にそうなった試しがない。投票率も低いままだし。家に帰るまでが遠足みたいなノリで、考え方が近い友だちと「また何も変わらなかったね。私たちってしょせんマイノリティなのよね…」と話すまでが選挙、って感じだ。
正直、取り立てて政治に詳しいわけじゃない。だからなのか、自分と根本的に考え方が合わない政治家がいると、「あれ? 私マルチバースにトリップした?」みたいな気分になることがある。あからさまに差別的な発言をする人や、当然のモラルが通じない人はもちろん、先日岸田首相が選択的夫婦別姓や同性婚について「制度を改正すると、家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」って言っていたけど、たとえば同性愛者の方はすでに事実としてこの世に存在しているわけで、一体どの世界線の話をしてるんだろう?
選択的夫婦別姓は2022年の連合による調査で賛成派64%、同性婚は2023年の朝日新聞による調査で賛成派72%と、賛成多数の結果も出ているのに。なんだかよく分からないうちに閣議決定(*1)された、「敵基地攻撃能力の保有や、軍事費の大幅増額を定める安保3文書の改定」の方が、長期的に見てよほど社会が変わってしまう気がするけれど…。
よく分からない政治家は、コワイ。しかもただコワイだけじゃなくて、その人たちが議員になれば、自分たちががんばって働いて納めた税金の使い途が委ねられるんだからなおさらだ。だから選挙のたび、私はついハラハラしてしまう。
でももし一回一回の選挙を、ただ勝ち負けだけでとらえないとしたらどうだろう? 大ヒット中の映画『THE FIRST SLAM DUNK』が、湘北・山王それぞれのドラマを描いているように。また『ケイコ 目を澄ませて』が、主人公がボクシングと向き合う一瞬一瞬にフォーカスした、試合の勝敗にクライマックスを当てないボクシング映画であるように。
勝ち負けを超えて、選挙そのものをお祭りのように楽しんでしまおう。そんなある意味斬新な、エンタメ満載の政治ドキュメンタリー映画、それが『劇場版 センキョナンデス』なのである!
*1【閣議決定】国会での審議を行わず、内閣総理大臣およびその他の国務大臣による会議によって政府の方針を決定する手続きのこと。
監督にして主役はこの二人。まず、ロンドン育ちで海外メディアの情報に精通しているラッパーのダースレイダーさん(以下、ダースさん)。のんびりとチャーミングな人柄ながら、東大中退の経歴を持ち発言にインテリジェンスのある方だ。また、新聞 14 紙を毎日読み比べしている時事芸人のプチ鹿島さん(以下、鹿島さん)は、いかにも頭の回転が速く、“政治家先生”たちを前にしても一切動じないファイティングスピリットの持ち主。
相性抜群のバディである二人は毎週YouTube 番組「ヒルカラナンデス(仮)」を配信し、時事ネタに関する絶妙な掛け合いが人気を博している。そのスピンオフとして立ち上がったのが選挙取材企画。そして今回、2021年衆院選と2022年参院選の取材の記録を映画化したというわけだ。
二人は特定の政党にフォーカスせず、あらゆる候補者に体当たりで対話を試みる。その様子を観ていて改めて思い知ったのは、自分と考え方が違う政治家も同じ世界線で生きている、血の通った人間だということ。だからこそ、相手を同じ人間として尊重しながら、その政治信条には「NO」を言うこともできるということだ。
たとえば作中に登場する自民党の若手、松川るいさんについて。その主張には個人的にあまり共感できず、もし彼女の選挙区に住んでいたとしても、票を入れようとは思わない。でも、ダースさんと鹿島さんが声をかけたら足を止め、持論をきちんと説明する態度には相手へのリスペクトがあったし、普段からものをよく考えている人なのだということもうかがえ、そこには好感が持てた。
ダースさんと鹿島さんは作中で、基本的に各候補者の政治信条や公約の批判はしない。ただし唯一声を荒げて非難するのは、公平な選挙を揺るがそうとする人たちの存在だ。
例を挙げるなら、2021年衆院選の香川1区。この選挙区の注目候補といえば、四国新聞を経営する一族の出身で、「香川のメディア王」と呼ばれる自民党の平井卓也さん。国会審議中にワニの動画を観ていた、あの初代デジタル大臣です。
平井さんに挑んだのは、映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』や、書籍『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』で一躍名を馳せた立憲民主党の小川淳也さん。さらに日本維新の会から町川順子さんが出馬し三つ巴の構図になるも、小川さんが見事ゼロ打ち(*2)で当選した。
*2【ゼロ打ち】出口調査などの結果を元に、開票開始直後、開票率0パーセントに近い時点で特定の候補者の当選確実が報じられること。この映画で覚えた選挙用語です(笑)。
鹿島さんには、この香川1区で引っかかっていることがあった。それは四国新聞に、小川さんが町川さんに「出馬断念を迫った」とする記事が、小川さん本人への取材なく載ったことだ。ただでさえセンシティブな選挙前に、本人にコメントをとることさえせず、一方的な主張しか書かれていない、しかも“身内”である平井さんを後押しする記事を載せるのは、公正なジャーナリズムとは言えないのではないか?
ダースさんと鹿島さんが、平井さんの支持者である地元住民に、四国新聞の明らかな平井さんびいきの報道について「やりすぎだって感じはないんですか?」と、率直に聞いてみた一幕がある。
おじさんの答えは、「若干はある(笑)」。
いやあるんかい! 本音が漏れちゃうのかわいいな! 思わず笑ってしまったよ。
最終的に二人は、四国新聞本社にまで突撃するのだが…!? この対決における怒涛のコメディ、のち急転直下のホラーをお見逃しなく。
そして2022年参院選。二人は関西へ選挙取材に向かうが、知ってのとおり、安倍晋三元首相が奈良での応援演説中に凶弾に倒れてしまう。後になって犯人の目的は民主主義を揺るがすことではなかったと分かるけれど、結果的には揺るがしてしまった。
その日、街宣を自粛する候補者もいる中で、「暴力には屈しない」と街頭に立った立憲民主党の辻󠄀元清美さん。ダースさんや鹿島さんを含む数人の報道陣が囲み取材をしている最中、安倍元首相が亡くなったという知らせが入る。国会で安倍元首相と何度も激論を交わしてきた辻󠄀元さんのハッと息を呑んだ表情と、その後で言葉少なに語ったとある思い出は忘れがたい。
異なる考え方の人を最低限リスペクトするのは、民主主義の基本の「き」。そのことを、この映画を観て思い出した。もちろん中にはギョッとするような差別的思想をお持ちの方や、お金に目がくらんでいるとしか思えない方もいるとはいえ、あらゆる政治家たちが切磋琢磨する選挙それ自体は、言ってみれば〈民主主義のフェス〉なのかもしれない。
辻󠄀元さん、日本共産党の辰巳孝太郎さん、はたまた立憲民主党の菅直人元首相の妻・伸子さん(!)らの街宣を耳にして、ダースさんと鹿島さんが「いい演説聴いたなぁ…」と言うときのニュアンスは、音楽フェスで人が言う「いい音楽聴いたなぁ」に近い気がする。また二人の口からは、「選挙ってエモい」「(選挙現場は)温泉入るよりエネルギーもらえる」なんて言葉まで飛び出す。
2023年は、春に統一地方選挙(*3)が行われる。この映画を観たせいか、なんだかちょっとワクワクしてきた。
*3【統一地方選挙】全国的に期日を統一して行う、地方自治体の長と議会議員を選び直す選挙のこと。
『劇場版 センキョナンデス』
ロンドンで育ち海外メディアの情報に精通するラッパーのダースレイダー(東大中退!)と、新聞14紙を毎日読み比べしている時事芸人のプチ鹿島(ニュース時事能力検定 1 級!)。この異色のコンビは毎週YouTube番組「ヒルカラナンデス(仮)」を配信しており、スピンオフ企画として2021年の衆院選と2022年の参院選で、合計十数人の候補者に突撃取材を敢行。「野次馬」としてドキュメンタリーの作法などお構いなしに、聞きたいことをズケズケ聞き、相手から思わぬ本音を引き出していく。
そして2022年7月8日。関西での選挙取材を予定していた二人は、その前に大阪のホテルで「ヒルカラナンデス(仮)」の配信を始める。昼の12時。配信画面に映し出された二人の表情からいつもの明るさが消え、饒舌さも失われていた。奈良で安倍元首相が銃撃されたという一報が入ったのだ。配信を終えた二人は、この日、自分たちも含め、誰が何をどう考えたかを記録として残そうと決意し、大阪の街に出ていく。
選挙とは何か、民主主義とは何か、ジャーナリズムとは何かを問うロードムービーにして、型破りの政治ドキュメンタリー。
監督: ダースレイダー、プチ鹿島
プロデューサー: 大島新、前田亜紀
配給: ネツゲン
渋谷シネクイント、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー中
©︎「劇場版 センキョナンデス」製作委員会
Text: Milli Kawaguchi