日本のみならず、ヨーロッパやアジア各国でも次々とレトロスペクティブが行われ、再評価が高まっている相米慎二監督。2001年9月に53歳の若さで亡くなってから20年。劇中でどれほど辛い出来事が起きても、ラストには必ず一筋の希望を描く相米映画は、今の私たちの心にも明かりを灯すはずです。今回は全フィルモグラフィー13作の中から、入り口としておすすめの3作をご紹介します。
相米慎二監督 没後20年。ビギナーにおすすめの映画3選『台風クラブ』『東京上空いらっしゃいませ』『風花』
Shinji Sohmai
1948-2001
“俺の作品は死を描いていると言われるんだけど、それは違う。死ぬことじゃなくて生きることの綱渡りをしていることを描いているのだからね。(…)失うことや死を恐れたら、片一方の生きるってことがみみっちくなる。俺の作品はみみっちくなるのをやめようぜって言ってるんだ”
*『相米慎二 最低な日々』(ライスプレス刊)収録のインタビューより。Photo: Atsushi Sano
①1985
『台風クラブ』
絶対ハズせない相米映画の代表作
映画で異なるタイプの人たちが集まれば、必ずドラマが生まれる。まさにそんな青春映画『ブレックファスト・クラブ』がアメリカで封切られたのと同じ1985年、ここ日本では『台風クラブ』が公開に。長野の中学校を舞台に、台風の影響で大人も子どももヘンになっていくさまを、ヒリヒリと描いた青春群像劇だ。
物語の中心にいるのは、7人の中学3年生。急に「個は種を超越できるのだろうか」と言い出し、ふさぎ込む優等生の三上。三上の恋人で、彼が自分を置いて東京に進学予定であることが不満な理恵。家庭環境から闇を抱える健。健から歪んだ愛情を向けられる美智子。そして、演劇部の悪ガキ女子3人組。ついに台風がやってくると、理恵は衝動的に学校をサボり、東京・原宿へ家出。残りの6人は暴風雨の中、学校に閉じ込められ一夜をともに過ごす。そこでは喜劇も、悲劇も起こる……。
学校がまるでクラブに早変わりしたかのような、長回しのダンスシーンも観どころ。たとえば冒頭の、夜の学校のプールに忍び込んだ女子生徒たちが、80年代を代表するバンド、バービーボーイズの『暗闇でDANCE』で踊るシーン。また、台風で学校に取り残された6人が夜の体育館で、ジャパニーズレゲエの元祖、P.J.&クールランニングの『Children Of The World』で踊り、制服を脱ぎ捨てるシーン。6人は下着姿のまま校庭に出て、大雨もものともせず、歌謡曲『もしも明日が…』を歌い叫び、躍りはしゃぐ。
「天候と登場人物の心模様が合う」、「エモく使われる歌謡曲」など、相米映画に共通して見られる特徴が詰まっており、『ラストタンゴ・イン・パリ』のベルナルド・ベルトルッチ監督も絶賛したという代表作。
②1990
『東京上空いらっしゃいませ』
90sのシティライフを覗き見
バブル景気に沸く東京が舞台の、ファンタジックなラブストーリー。17歳のキャンペンガール・ユウは、スポンサーの専務・白雪のセクハラから逃げて車から飛び出し、後続車にはねられて死んでしまう。天国に昇ったユウは白雪そっくりの死神コオロギをだまし、地上に舞い戻る。戻った場所は、広告代理店の担当・雨宮が住むマンションの部屋で……。
ユウを演じるのはデビュー間もない牧瀬里穂。白雪/コオロギ役は笑福亭鶴瓶、雨宮役は中井貴一だ。牧瀬は眉上で前髪を切り揃えたロングヘアに、バレリーナ的な身のこなし。ガーリーな服も着こなすが、雨宮の衣装ダンスから拝借した、ビッグシルエットの白シャツ+チノのショートパンツ+アディダスのスニーカーのコーデも、ジェンダーレスでかわいい。
また近年、『パラサイト 半地下の家族』の半地下や豪邸のセットが話題になったが、雨宮の部屋もトリッキーな作りだ。中央に中2階があったり、ベランダが部屋をグルッと囲んでいたり、ハシゴで下の部屋(雨宮の恋人(?)が住んでいる)と直接つながっていたり。アスレチックのような室内を、ユウが元気に駆け回る姿は微笑ましい。
生前どこか無気力だったユウは死んだ後、ハンバーガー屋でバイトしたり、雨宮に淡く恋したりと人生を謳歌。雨宮と千鳥ヶ淵で屋形船に乗り、花火を観てデートするシーンの、「あたし死んじゃった。でもあたし今がいい」というユウのセリフが泣ける……。ジャズクラブでユウが、雨宮の吹くトロンボーンをバックに井上陽水の『帰れない二人』を歌う、ミュージカル風のシーンも観逃せない。切なくも明るい、チャーミングな1作だ。
③2001
『風花』
居場所のない二人のロードムービー
冒頭、明け方の井の頭公園。満開の桜の樹の下で、二人の男女が眠っている。故郷の北海道に残した一人娘に会いに行く風俗嬢のレモンと、泥酔して万引きし自宅謹慎中の高級官僚・廉司。一晩を飲み明かしただけの他人同士だが、廉司は酔った勢いでレモンの旅に付き合うことに。まだ雪が残る北海道でのドライブが始まる。
本作はいわば『ノマドランド』のよるべなさと、『グリーンブック』の凸凹バディ感を足して2で割ったようなロードムービーだ。カラカラとよく笑うレモン役は小泉今日子、シラフだと嫌味な廉司役は浅野忠信。真逆の二人は、旅先の服装も対照的だ。レモンは赤いファーコートにラベンダー色のマフラー、タイトなジーンズにヒールというフェミニンさ。廉司は寒いくせに「ものを所有したくない」とかで、スーツ姿のままでいる。
ところで、レモンが住む東京の部屋の雰囲気がいい。窓から新宿のビル群が見えるマンションの上階。キリム、パープルのサテン地のソファ、ブルーのウッドチェア……好きなものだけを集めたような部屋。だから彼女なりに満ち足りて暮らしているのかと思いきや、合間合間の回想で、悲しい過去がわかってくる。そしてそれは、廉司も同じだ。
道中、徐々に帰る場所を失っていく二人は、やがて雪深い山奥へ。レモンが一人、雪に覆われた白樺の森で踊るシーンは、あの世とこの世の境目にいるかのよう。管楽器が不協和音を奏でる前衛的なBGMも印象的(音楽は大友良英が担当)。どん底に落ちたレモンと廉司は、家族でも恋人でも友だちでもないお互いの存在に救われていく。ほろ苦くも優しい後味のする本作が、相米監督の遺作となった。
NEW BOOKS
『相米慎二 最低な日々』
相米慎二 著/¥2,750
発行:A PEOPLE 発売:ライスプレス
相米慎二監督が1994年〜1995年にかけて月刊誌で連載していたエッセイが1冊に。文章を通し、次元を超えた摩訶不思議な相米慎二ワールドに誘われる。あとがきは俳優の永瀬正敏が担当。さらに、映画ジャーナリスト・金原由佳がインタビューした貴重な原稿も再録。
『相米慎二という未来』
金原由佳、小林淳一 編/¥2,970
発行:東京ニュース通信社 発売:講談社
相米映画を“今”に繋げるために。没後20年経っても色あせない相米映画の魅力を、キャストや制作スタッフへの数々のインタビューを通じて描く。三浦友和、大西結花、河合美智子、斉藤由貴、牧瀬里穂、佐藤浩市、浅野忠信、小泉今日子ら豪華な面々が多数登場。
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相米慎二
1948年生まれ、岩手県出身。北海道育ち。高校卒業後、中央大学文学部に進学。72年に中退し、長谷川和彦の口利きで契約助監督として日活撮影所に入所。長谷川や曽根中生、寺山修司の元で主にロマンポルノの助監督を務め、1976年に独立。80年、『翔んだカップル』で映画監督としてデビュー、81年、『セーラー服と機関銃』で興行的な成功を収めた。82年、“監督が撮りたい映画を撮り、利潤を得ること”を目標に、長谷川、根岸吉太郎、黒沢清ら若手監督9人による企画・制作会社「ディレクターズ・カンパニー」を設立。同社では若い人材の発掘のため脚本を一般公募し、『台風クラブ』(85)や『東京上空いらっしゃいませ』(90)を生み出した。2001年9月9日、肺がんにより死去。53歳没。デビューから21年間で13本の映画を撮り、『ションベン・ライダー』(83)の冒頭7分間にわたるワンシーン・ワンカット、『雪の断章-情熱-』(85)の冒頭12分間に及ぶ18シーン・ワンカットなど、伝説のシーンは多数。『風花』(01)が遺作となった。