17 Jan 2019
失恋にはおしゃべり薬。女はシェアして、また強くなる。ソフィ・カルの名作「限局性激痛」を再現

失恋の特効薬は、時間薬と男薬。そんな名言をとあるマンガで読んでめちゃくちゃ納得したことがある。でも、一個だけ忘れてやしないか。それは“おしゃべり薬”だ。
女性は、と限るのもあれだけど、とにかく失恋すると女子は女友達に話しまくる。色恋沙汰はみんなの大好物なうえ、人の不幸は蜜の味という言葉のとおり、恋愛成就の話よりは失恋話の方が盛り上がる。とびきりのスイーツをつまみに、さんざん愚痴って泣いて、最後はまあそんなこともあるよ、と共感してもらうと、少しだけ気が楽になる。
そういう“おしゃべり薬”を作品にしてしまったのが、ソフィ・カルの「限局性激痛」だ。私はそれこそ恋愛経験も豊富でなかった10代の終わりにこれを観て、心底共感したのだった。自分に起きたことの痛みを繰り返し語るプロセスが意味ありげな写真とテキストで綴られていくこの作品は、恋愛の始まりから終わりを超えて、立ち直りまで描いてしまっている。そこが、よくある恋愛映画や歌と違うところ。単なる共感で終わらず、爽快な気分になれる。
ソフィ・カル Photo:Jean-Baptiste Mondino
ソフィ・カルは写真や映像とテキストを使い、独特な作風で知られるアーティスト。ウィットに富んでいて、私生活がミステリアスで、本人もおしゃれ。それこそ作品と本人が地続きになったような感じだ。街で見つけた見知らぬ男の後をつけて、探偵のように行動を記録した「ヴェネツィア組曲」や、知らぬ人々を自宅へ招き、自分のベッドで眠る様子を撮影したものにインタビューを加えた「眠る人々」など、突拍子もないアイデアを作品にしている。
失恋するその日までのカウントダウンが「DAYS TO UNHAPPINESS」と共にスタンプされている。
Sophie Calle, Exquisite Pain, 1984-2003
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
「限局性激痛」は、片思いの後にやっと成就した恋人をパリに置いて、日本に数ヵ月滞在した第一部から始まる。自分の方が、彼の事を好きなのではという気持ちがあったカルには、束の間の遠距離恋愛で相手の心を試したい欲望もあったのだろう。
Sophie Calle, Exquisite Pain, 1984-2003
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
時間稼ぎに陸路で日本へ向かう道中と日本滞在中に、恋人にあてて書き続けた手紙と写真で綴られる第一部。手紙には、いわゆるラブレターらしい内容と、会えない寂しさもあってか、予想通りエキサイトしない日本での滞在が書かれている。そして終盤、あなたのためのウェディングドレスとして新しい服を買ったというロマンチックな内容の直後、事態は一転する。
Sophie Calle, Exquisite Pain, 1984-2003
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
第二部は最愛の恋人の裏切りから始まる。延々と語られる事の顛末。あふれだす感情の描写。その隣には、友人・知人から聞いた、その人にとっての悲しい出来事が綴られている。次に、カルの同じ失恋話がまた登場する。そして、別の人の不幸話。第二部はこの繰り返しで進んでいく。家族のこと、子供のこと、恋人のこと、自分のこと。人それぞれ負った傷や喪失はさまざまだ。それを聞くたびに、カルの失恋話の描写も少しずつ変化していく。
「ソフィカル―限局性激痛」1999-2000年原美術館での展示風景
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
このプロセスに憶えのある人は多いと思う。繰り返し話して、しかも相手の辛い話を聞くことで、この世の終わりかのように感じていた出来事が、どこかの昔話のようにふわっと自分から離れていく。そうして、いつしか心が回復していたという経験は誰にもあるだろう。
「ソフィカル―限局性激痛」1999-2000年原美術館での展示風景
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
10代の終わりに観て衝撃を受けた原美術館の展覧会から19年。フルスケールの再現展として、この「限局性激痛」が再び原美術館で開催される。誰かと共有することで、人は傷をいやしていく。シンプルで誰もがやってきたことを、完成度の高い作品に仕立ててしまうソフィ・カルの底知れなさと、不死鳥の如く失恋から立ち直る女性の強さを、ぜひとも会場で感じてほしい。
ちなみに、同時開催として、ギャラリー小柳とペロタン東京でもソフィ・カルの展示が行われるので、こちらもお見逃しなく。
【「ソフィ カル―限局性激痛」 原美術館コレクションより】
期間: 開催中 ~ 3月28日(木)
会場: 原美術館(東京・品川)
休館日: 月曜日(2月11日は開館)、2月12日
開館時間: 11:00- 17:00(水曜は20:00 pmまで/入館は閉館時刻の30分前まで)
入館料: 一般1,100円、大高生700円、小中生500円(学期中の土曜日は小中高生の入館無料)
【同時開催】
ソフィ カル « Parce Que » (なぜなら)
2019年2月2日(土) – 3月5日(火) ギャラリー小柳
ソフィ カル « Ma mère, mon chat, mon père, dans cet ordre. » (私の母、私の猫、私の父、この順に。)
2019年2月2日(土) – 3月11日(月) ペロタン東京

柴原聡子
建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など