人工壁にはホールドと呼ばれるカラフルな突起物が散りばめられている。
ジムはまだ営業時間前で、掃除機の音が広い空間のどこかから聞こえていた。
野中生萌は、グリーンのソファに座って話してくれた。
黒髪にホワイトのヘアバンド、ピンクのウインドブレーカーはよく映える。
「登ることは生活の一部だし、自分のことをストイックだとは思わないです。
強くなりたくて、好きでやっていることだから」
彼女が発する言葉の響きが印象的だった。
回り道を嫌うような直線的な音が、ダイレクトに届く。
同じような印象を三年前に初めて彼女を撮った時にも感じた。
まっすぐ自然体にカメラを見ることができる。
これは簡単ではないし、一つの才能だと思う。
意志の強さが彼女自身の佇まいや声とリンクしているかのようだ。
〝いろんな壁を登って欲しい〟
ずいぶん曖昧なリクエストをしてしまったが、彼女は真剣な表情で壁と向き合う。
登る様子を下から見ていると背中の筋肉に目を奪われる。
彼女が手を伸ばすと、筋肉が目を覚ましたかのように隆起してとても素直に動く。
照明が彼女と重なりシルエットに見える一瞬は、ハッとするぐらい綺麗で何度も探してしまう。
こちらが見惚れている間に登りきり、ホールドから手を離して降りてくる。
着地した場所のマットが少しだけ沈み、彼女はまた次の壁に歩き出す。
手を叩いて滑り止めのチョークをはらったり、ときどき小さく口笛の音が聞こえた。
一通り登ってもらったあと、スポンジ・ボブのチョークバッグを撮らせて欲しいとお願いすると、
「シンガポールの友達が作ってくれたものなんです。中にはお気に入りのぬいぐるみも入っていて。
これ、私の手のサイズにピッタリじゃないですか?」
ぬいぐるみを握りながら、笑顔でそう教えてくれた。
オフの二日間でディズニーランドと草津温泉に行ったこと。
ピアスとネックレスは登る時にも着けていること。
何か一つを聞いてしまうと、前のめりになってまた違う何かを聞きたくなる。
あらためて、彼女の魅力に引き込まれていることに心地良さを感じていた。
話を聞きながら、シャッターを切りながら、ついつい彼女の未来に期待してしまう。