15 May 2019
等身大のクマに導かれ、野生について考える。ステファニー・クエール“Bear Nature”

今にも動き出しそうな大きな熊!ステファニー・クエールの作品は、素材である生の粘土をこねた手の痕跡がしっかりと残っているのに、リアルな生々しい動物に見える。
作家の名前を知らなくとも、ドーバー ストリート マーケット ギンザの1階にある象の作品を作った作家だと言えば、みんな思い出せるだろう。
現在、神宮前の「Gallery38」で開催中の個展のテーマは「クマ」。いろいろな大きさ、ポーズのクマが会場のあちこちにいる。入口にいるのは、グリズリーまではいかなくても、かなり大きい等身大のクマ。森でこんなのに出くわしたら、ひとたまりもないな……と想像してしまう。
クエールは、生まれ育ったイギリスのマン島を拠点に、今も制作を続けている。豊かな自然に囲まれた農場で働き、生活しながら、作品を作っているという。彼女の作り出す動物は野性味にあふれていて、動物園にいるのとは全然違う。それらを観ていると、野生や大自然に憧れたり、崇高さを感じたりする気持ちが浮かんでくる。一方で、都会に暮らす私たちの生活では、こういった動物や大自然そのもの触れる機会すらない事実をつきつけられた気分にもなる。なんともアンビバレントな感情が、湧き出てしまうのだ。
クエールのステイトメントには、はるか昔から現在までの、クマと人間の関係が書かれている。古代文明において、クマは人間と共存するとともに、崇拝の対象でもあった。けれど、現代において擬人化されキャラクター化したクマには、荒々しさのかけらもなく、とびきり可愛い存在だ。
当のクマは、人間のそんな都合の良いクマ像なんてお構いなしに生きているわけだが、人間の活動が野生動物の生息環境に大きな影響をおよぼしているのは事実だ。
「私たちは共存する自然を消費していくほど、自身を定義してくれるかけがえのない動物を失い、野生から、そしてありのままの私たち自身から遠ざかっているのだ。」クエールのその言葉は、クマの存在感とあいまって、観る者の胸に刺さる。
展示には、等身大の大きなクマの他に、小作品やドローイングもある。どれも実物のクマのようなプロポーション。キャラクターのように可愛い感じにはデフォルメしていない。それでも親しみを憶えてしまうのは、クエールの動物に向けた愛情が伝わってくるからかもしれない。
Photography: Masaki Ogawa
土の力強い質感や動きは、ギャラリーのホワイトキューブの空間と対照的。実際に観て、感じてもらいたい。
ステファニー・クエール
1982年、英国・マン島に生まれる。2005年スレード・スクール・オブ・アート彫刻学科首席卒業、2007年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート彫刻学科修士課程修了。
近年の主な個展に、「IN THE SNOW」(SidneyGallery、カンタベリー、2018年)、「URBAN JUNGLE」(Gallery38、東京、2016)、「Jenga」(TJBoulting、フィッツロビア教会、ロンドン、2016-2017年)、「ANIMAL」(POST、東京、2014年)、「LION MAN」(TJ Boulting、ロンドン、2013年)、「Stephanie Quayle」(南天子画廊/t.gallery、東京、2013年)など。
主なグループ展に、「ANIMAL&US」(Turner Contemporary、マーゲート、2018年)、「A Woman’s hand」(Saatchi Gallery / ロンドン、2015年)、「Vita Vitale」(ヴェネツィア・ビエンナーレ、イタリア、2015年)、「Art Paris」(グラン・パレ、パリ、2015年)など。
【ステファニー・クエール「Bear Nature」】
開催時期: 開催中~6月15日(土)
開廊時間: 12:00~19:00
開催場所: Gallery 38
住所: 東京都渋谷区神宮前2-30-28
休廊日: 月、日、祝
www.gallery-38.com

柴原聡子
建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など
Photography: Masaki Ogawa