僕は東京・学芸大学駅で<SUNNY BOY BOOKS>という小さな本屋をやっています。古本を中心に新刊書やジン、雑貨などを扱っていて、最近では作家さんと一緒にオリジナルグッズを作ったりもしています。でも基本的には本を売って生きているので、見方によっては本のプロなのかもしれません。でもそんな意識はなく、日々手元を流れていく本たちと遊んでいるくらいにしか思っていません。このことに関しては僕が決めることでもないし、縛られることなく動き続けたいなと思っています。
そんな風に思うようになったのはひとりの写真家の影響でもあります。肩書きや定義にとらわれることなく、写真に向き合っていたジャック=アンリ・ラルティーグ。彼は1894年に有閑階級の家柄に生まれ、8歳でカメラと出会います。それから92歳で亡くなるまでひたすら写真を撮り続け、生涯におよそ16万枚の写真を残しました。自らを画家と名乗り、実際絵画制作を一番としながらアマチュアとして写真と関わりましたが、アンリ・カルティエ=ブレッソンやビル・ブラント、ブラッサイなど名だたる写真家たちから賞賛がおくられました。そしていまもなお彼の純真なまなざしでとらえられた写真の数々は多くの人を惹きつけています。
僕が初めて彼を知ったのは最近の話で、2013年に東京都写真美術館で行われた「植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ ―写真であそぶ―」をみにいったのがきっかけでした。植田正治が好きだったので見に行ったのですが、ラルティーグの写真に心を奪われました。
写真サイズを自由に変え、モノクロからカラ―へ移行するなど技術的チャレンジを積極的に行い、激動の1900年代前半を映し出すような悲劇的なドキュメンタリーではなく、自身の家族や友人たちと興じたさまざまな遊びの様子や彼が愛した女性たちとの微笑ましい時間を写し出しました。そこには彼が日常にみた喜びや幸福のかけらがちりばめられていて、純粋に写真と戯れた人なんだという強い印象を受けました。
先日、僕が生まれた年に死んだこの写真家の生誕100周年を記念して行われた展示の図録(『生誕100年ラルティーグ写真展「ベルエポックの休日」』(朝日新聞社)がたまたま買取で入荷してきました。この本もラルティーグの記憶のアルバムのような構成になっています。幼少期の彼(大切そうにカメラをもっている!)や兄弟たちを父親が写した一枚からはじまり、実際にアルバムとして自身がトリミングや切り抜きをデザインしたもの、映画撮影の風景など写真日記のように楽しむことができます。
残された言葉や写真をみるうちに、ラルティーグのように自分が向き合うべき物事と遊び、それを愛することができれば成功や失敗など通り越した世界がみえるかもしれないと感じるようになりました。何よりも「喜び」に妥協しない強さが自分を一歩前に進めるのだと彼のカメラに対する姿勢が教えてくれています。アマチュアとして生きたラルティーグがいまでは偉大な写真家のひとりとして知られる理由がここにあるのかもしれません。
楽しさや喜びを優先するだけで生きていくのはとても難しいことですが、心ではいつだって目の前の物事とどう遊ぶか、新しい愉しみを考えいく――そんな日々の繰り返しの中に見えてくるものがあるのだとこの写真家は、この本は語っています。