23 Aug 2020
点子が、友人のクリエイターにインタビュー vol.1 「家時間」で見つけた新しい発見と思想

3月から始まったヨーロッパ各地の自粛期間。パリで暮らす点子が語る家での過ごし方。
家での時間、そこで見つけた新しい発見
文・点子
私はもともと家にいるのが大好きなタイプ。一緒に住んでいるボーイフレンドのジョセフもそう。私たちにとって家での時間はとても大切なので、部屋を可愛くするためにいろんな工夫をしている。それはたぶんママの影響だと思う。ロンドンに住んでいる時から、フリーマーケットに行ったり、道で拾った家具や小物を置いて居心地よく生活していた。去年の終わりにロンドンからパリへ引っ越してきて、また新しい家に暮らしている。ジョセフと一緒に「Shanaynay」というインディペンデントギャラリーで展覧会を企画したり、新しい挑戦もするつもり。
そんな計画を膨らませていた3月17日に始まったパリの自粛期間。1キロ圏内に1時間だけしか外出できない状況の中で過ごすのはハードルが高いし、ジョセフの実家、バスク地方に行くことも考えた。でもやっぱり私たちは家が好きだからそのまま残ることにした。それから二度、自粛期間は延長され、2カ月間たった。ペール・ラシェーズ墓地の隣にあるアパルトマンでの2人きりの時間は思いのほかあっという間に過ぎた。
一緒に音楽作ったり、お料理したり、フランス語を教わったりあらゆることをして時間を過ごした。去年のクリスマスにジョセフがくれた日本の発酵食品についての料理本を読み、すぐに実践にとりかかった。台所の棚にはキムチ、ぬか漬け、ザワークラウト、きのこ茶、麹などが置かれていて実験室みたいになっている。外から帰宅した時は必死で除菌をすることを習慣にしながら、お家では頑張って発酵菌を育ててるって、ちょっとアイロニーを感じるけど。
あと、自然農法の提唱者だった福岡正信の『わら一本の革命』を最近読んで、新しい気づきも得られた。彼は人間が介入しない自然のあり方に注目していて、無添加の農業を始めた。自然の流れに身を任せ、田んぼを耕さず、農薬も使わなかったところ、隣よりサステイナブルで丈夫な田んぼが出来上がった。「人知・人為は一切が無用である」と彼は言う。
発酵のプロセスについて考えた時、その成長は私のおかげではなく、菌自体の働きによるところが多い。日々育っていく菌の様子を見て、人の手を加えずとも成長する自然のあり方に魅了された。日ごとに何かを吸収し、視点が変わっていく。人は新たな習慣を身につけるには2カ月かかるらしい。旅や買いものにも行けない今、消費への見方も変化している気がする。このまま、みんなの少しずつの努力で持続可能な社会や暮らしが定着すればいいなと思う。
毎晩8時になると医療従事者への拍手とお隣さんの横笛の演奏が行われる。建物に住んでいる住人たちがそろって窓から顔を出して彼女の演目を聞く。必ず吹いてくれる名曲「オー・シャンゼリゼ」は徐々に上手になってきている。彼女のように、今多くの人が仕事以外の趣味に時間を費やしていることを想像するとうれしくなる。
日々の生活に追われていた今までは、何かを追求したり、チャレンジすることがなかなかできなかった。ジョセフは前から好きだった家具作りを再開した。ロンドンにいた時、友達の溶接機を借りてソファを作ったことが彼の趣味の始まり。今ある道具は限られているから、家にある物を材料にランプや箪笥を作っている。古着の生地を再利用してランプの笠を縫い、鉄や木材のストックで支柱を作っている。彼は日本語の「ポカポカ」という擬音が好きで、ランプがたくさんあることでポカポカ度が上がるんだって。自粛期間が終わっても家具作りを続けていくために溶接機も手に入れた。
私の新たな習慣は東京にいるママに2日おきに電話をすること。今まではすぐ会えることが前提だったから必要な時にしか電話をしなかったけど、今は一緒にお茶をするかのようにゆっくり話す時が増えた。アーティストである彼女は植物や動物を育てるのが好きで、新しく咲いた藤や薔薇の花を見せてくれたり、新しく制作している本の話をしてくれる。「私の生活には正直あまり変化はないな」と彼女は笑う。
考えてみるとアーティストやクリエイターは家にいることや1人で時間を過ごすことに慣れている気がする。退屈やぐずぐずした時の気持ちの向き合い方もお手のものだ。クリエイティビティがどのように浮かんでくるのかを教えてくれる存在であると思う。そんなことを考えながら、私が生活してきたヨーロッパの3都市、ベルリン、ロンドン、パリにいるクリエイターたちに、「退屈とクリエイティビティ」について話を聞いた。
点子 てんこ
1996年、ドイツ生まれ。3歳までロンドン、13歳までベルリンで暮らし、東京で中学・高校生活を送る。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズを卒業後、現在はパリ在住。
Text: Tenko Nakajima Edit: Sakiko Fukuhara
GINZA2020年7月号掲載