〜1990  僕はその頃10代で 〜 vol.4「筋肉ロマンティスト」 文・レイオス

本とお酒が大好きなレイオス、35歳(♂)。90年代に流行った言葉、事象をモチーフにした連載です。


最近、僕の周りでは空前の筋トレブームが巻き起こっている。

彼らは、トレーニングをしては「ナイスファイッ!」とか言って、ハイタッチを交わし、酒を飲んでは筋肉を見せ合っている。そして、僕はそれに完全に乗り遅れている。いや、どちらかといえば、あまり乗るつもりはなかった。僕はこれまでランニングとか、ジムとか、そういう健康系に対してあまりにも斜に構えまくってきた。それ系の人たちってなんていうか、あらゆる意味で声がでかい気がして苦手だった。とか、言いつつ「太った」という言葉には敏感で、数週間の食事制限と、ちょっとした運動をしては「痩せた」と聞こえた途端にやめるという、アイデンティティの欠片も見当たらない生活を送ってきた結果、斜めではなく、横に転げていることに、気が付いた次第だ。もう生半可なやり方では痩せられんのです。思い切り息を吸い込んで腹を凹めてみても、凹みきらんのです。凸ってるんです。ついに、この時がやってきてしまった。

だが、そもそも強さとは何か?という禅問答的思考に至り、僕は気付いてしまった。

僕って弱い。おまけにダサい。だって恐がりなんである。高所、閉所、蛇、注射、そしてその最たるものがおばけだ。おばけだけはどうしても駄目である。こうして文字にしているだけで、恐くなってくる。何故、夜中にこんなことを書き始めてしまったのだろうか。僕の目の前には、消えたテレビ画面があるが、そこを見ないようにしている。じゃあ、テレビに背を向けて書けばいいじゃないか、と言われるかもしれないが、それは断じてできない。

リングのせいである。背を向けるといつ、あいつがやってくるかわからない。文字にするのも嫌なので察していただきたい。S子さんのことである。そんなに恐いなら、どうして観たんだとよく言われるが、観させられたのだ。嫌がる僕を無理矢理テレビの前に座らせ、ビビリ倒す僕を笑いながら見ていた母を僕は恨む。おまけにそれからしばらく「来るー、きっと来るー」とか口ずさみながら、わざわざ前髪で顔隠しちゃって、変な歩き方をしながら近付いてくる。母さん、いい歳こいて何やっちゃってんの? しかも、とんでもなくしつこいので、本当に来ないでください。あんまりふざけてそういう事やってたら、本物来ちゃうかもしれないから。で、トラウマ完成。

だがS子の顔は見ていない。あまりの恐怖に目を閉じてしまったからだ。それが良かったのかどうかは分からない。僕は顔も知らない人(あれは人なのだろうか、お化けなのだろうか)を恐怖の象徴にしてしまっているわけだ。ともあれ、それ以来、僕はホラーはおろか、名探偵コナンさえ読めなくなった。(犯人の黒いシルエットが恐くなってしまったからだ)それにしても、当時のジャパニーズホラーブームは厄介であった。せっかく、忘れかけていたのに新しいホラーの予告が流れてくるので、思い出し恐いに陥り、夜、風呂に入れなくなる。僕はどうしても目を開けてシャンプーをできないので、髪を洗っている間中、得体の知れないなにかが、背後にいるような気がして、パニックである。その結果、僕は朝シャン派にならざるをえなかった。

以前、この話を女の子にしたところ「映画でしょ?人が仕事でやってる事なんだから」と身も蓋もないことを言われてしまい、黙ることしかできなかった。そりゃ、そうですよ。だから、そんなビビリ野郎が身体を鍛えたところでしょうがないのかもしれない、と心折れそうになる。だが、僕は思う。おばけが恐い男はロマンチックなのだと。いるか、いないかもわからないものを恐がる想像力があるのだと。そう、だから後は鍛えるだけである。そうすれば、強くてロマンチックな男の出来上がりである。さあ、やろう。明日から・・、いや、もうちょっと暖かくなったら。

レイオス れいおす

1982年生まれ。さすらいのシングルファザー。