女が家を建てるとき〜森本容子的生き方 vol.1

女が家を建てるとき〜森本容子的生き方 vol.1

一時代を築いた”109のカリスマ店員”森本容子さんが40歳を迎えた。猛烈に働いた20代、涙を流した波乱の30代。経営者として今もファッション界に「我れ、ここにあり」。唯一無二の存在感を放つ容子さんが今取り組んでいるのは、なんとバリ&東京の2軒の家作り。「素敵なおうちが完成するまで、伴走していいですか?」編集部のリクエストに答えて、新連載が始まります。ところで容子さんって、どんな人?


──90年代、渋谷109の「EGOIST(エゴイスト)」のカリスマ店員といえば森本さんでした。その頃のお話からまずは聞かせてください。

森本容子さん:並べたら即売れちゃうんで、それはもう大変でした。14坪の店で、少なくても1日1000万円、月2億円以上の売り上げがありましたからね。これはセールじゃない普通の日の数字。セールのときなんて、もう、すごかったです。

──私はギャル系ではなかったけど、森本さんを見たくて109に行きましたもん。店に入りきれないくらいのすごいお客さんの数で、近づくことさえできなかった。その頃は…?

まだ21歳。

──社員でもなく、いちアルバイトの立場で。

そう。お店が開いている時間は店頭に立って、朝か夜に雑誌の撮影をしていました。

──それからエゴイストをやめて、「MOUSSY(マウジー)」の立ち上げにも加わったんですよね。

2000年ですね。その頃ボスに「新しいブランドを立ち上げよう」って言ってもらえるようになり、プロデューサーっていう肩書きももらって、大金持って海外に買い付けにも行ってました。

──大金ってどのくらい?

ン百万円。それをきれいに使い切ってしまうものだから、大人たちがびっくりして笑ってました。お金を使えるガッツがある子って、珍しかった。

──確かに。それだけの現金をもって海外に行くとなると、ビビりますよ。

私たちのような若い子に挑戦させたボスが天才です、本当に。5年で年商250億円でしたから、大成功ですよね。

──最初から成功する予感はありました?

2000年の4月に立ち上げて、109にも出店して、半年後の9月にはもう「バカ売れ」状態でした。エゴイストのときに、自分が店頭や雑誌のスナップで着た服が飛ぶように売れていく経験をしていたので、「出れば売れる」という感覚はありました。でも、販売経験しかない私は、最初は本当に大変でしたね。「イメージボードを作れ」って言われても、なにをどうしたらいいのか分からないし、毎日夜中の2時、3時まで働いてましたね。

──ブラック!

当時は埼玉の実家から通っていたのですが、仕事時間も長いし、早朝の撮影には始発でも間に合わないし、これでは仕事にならないからと会社が外苑前に家を用意してくれました。仕事は大変だったけど、とってもいい暮らしをさせてもらっていたので。それはありがたかったです。

──ちょうどその頃、雑誌『Scawaii』が創刊されて、記念すべき0号の表紙は森本さんでした。モデルでも芸能人でもないひとりの女の子をミューズにして雑誌を作ろうとういうのだから、すごい影響力。

そうですね。今考えたらすごいことですよね。

──そんなマウジーを2005年に卒業して、2006年にご自身の会社「KariAng(カリアング)」(株式会社ヨーコモリモト デザインオフィス)を立ち上げますね。売れっ子の独立に、会社の反応は?

私自身、それまで辞めたいと思ったことなんてなかったんです、まったく。でも、辞めたいと初めて思った理由はただひとつ、「私にはキャパシティ オーバー。これ以上は期待に応えられない」っていう気持ちです。最初はびっくりされたけど、最後は応援してくださいましたね。いい経験をたくさんさせてもらって、本当に感謝しています。

──いい給料、いい家、いい車、いい暮らしに未練はなかったですか?

とにかく、もういろんなことが限界でした。これ以上私には無理!としか思えなかった。責任あるポジションというものも、もう手放したくて。スタッフがあの頃の私のことを「憑き物がおちた顔してた」って今でも笑い話にします。

──でも「カリアング」で再び責任者に返り咲いた。

前のブランドをやめたとき、ずっと苦楽を共にしてきたスタッフが「自分たちだけでまた新しく何かやろうよ」って言ってくれたんです。みんながそう言ってくれるなら「じゃあ、やろうかな….」って。27歳のときに自分で出資してスタートさせました。

──たくましい。あと、スタッフに恵まれていますね。

それはもう、本当に、助けてもらってきました。みんながいてくれたから、くいっぱぐれなくて済むなあと安心できましたし。

──どのくらいで軌道に乗りましたか。

30歳の頃に、年商32億円になりました。

──森本さんって、本当に細かい数字をよく覚えていますよね?

だってインタビューで何回もお話ししてきたから、覚えちゃった(笑)30代は波乱の始まりです。31歳のときに、3億7000万円を横領されてしまって、裁判で闘いました(3年前に完済)。さらにその頃、プライベートでもうまくいかず、数年間は本当に悲しくて辛いだけでした。

──(数年間のあれこれを聞き、自分だったらと思うと辛すぎて言葉が継げない)

激しいうつ病になって。思えば、30代の3分の2は不幸。ドン底でした。誰にも会いたくなくて、引きこもって、「ああ、私消えるわ」って思ってました。当時ずっとそばで見ていてくれたスタッフからも、「よく死なないで生きてたね」って言われます。

──でもこうしてGINZAで連載がはじまって、取材で再会できました。よくぞご無事で。

はい。ここ2、3年は、やっと楽しくなってきました。

──再婚もされてね。そして、本題。いまバリにおうちを建設中なんですよね?

はい、それと下馬にテラスハウスを買って、リフォーム中です。

──2軒も同時進行で。すごいですね。これから、2軒のおうちが出来るまでを連載でお伝えしていきたいと思います。みなさま、お楽しみに!

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年末年始はバリで過ごした森本さん。リフォーム中の東京の家では、かわいこちゃんたちがお留守番です(写真:森本さん)

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タイトルの背景に使用したのは、東京のおうちの実際の間取図。間取を見るのって楽しいよね。

 

森本容子 Yoco Morimoto

1977年埼玉県出身。株式会社ヨーコ モリモト デザイン オフィス  クリエイティブディレクター、代表取締役。「EGOIST」のカリスマ店員として注目を集めたあと、2000年に初めてブランドの立ち上げを経験。2006年に「KariAng」を始動させる。バリにはプール付きの自宅を建設中、いっぽう東京ではテラスハウスを改装中!Instagram  ブログ 

Text: GINZA

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