全身で浴びる映像の魅力。きっとハマる湯浅政明によるアニメ作品15選
その名をワールドワイドに轟かせた伝説的傑作
『マインド・ゲーム』(04)
©2004 MIND GAME Project
ロビン西による同名のマンガを原作に、初恋の相手「みょんちゃん」を救うために命を失った青年「西くん」の復活劇と大騒動を描く、湯浅政明初の長編監督作品。大阪の場末の居酒屋の物語だったはずがエキサイティングなカーチェイスへと発展し、果ては巨大クジラの腹のなかにまで展開する破天荒なストーリー。
さらにはデフォルメの効いたデザインや、キャラクターのリアリティに応じた自在な映像スタイルの使い分けなどヴィジュアルの自由さにとにかく唸らせられる(今田耕司や藤井隆をはじめ吉本の芸人たちを声優に起用しているが、クローズアップのシーンではその本人の実写映像がアニメのなかに組み込まれたりも……)。現実から逃げ続けてきた人たちが「世界」に向き合うことを決意するラストの大疾走シーンは、思わず時空がネジ曲がってしまうほどの勢いで、もはや伝説的。人類の歴史を一望するかのような驚きのラストには、思わず涙してしまう人も多いだろう。
公開当時は残念ながらヒットしなかったが、前人未踏の表現が世界中のクリエイターたちを刺激。とりわけ若い世代には大きな影響を与え、フランスでは「『マインド・ゲーム』がなければ2Dアニメは滅びていたかも」と言われるほどだとか……。山本精一による本能に訴えるかのような強力なサウンドトラックも聴きどころ満載。3D全盛の時代に2Dアニメの自由さを花開かせた本作は、今では海外にもコアなファンが多い定番作品となっている。
沸騰する想像力と“初期衝動”と、それを共有する「仲間」たち
『映像研には手を出すな!』(20)/全12話
©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会
女子高生3人が理想のアニメ制作を目指して猪突猛進する、大童澄瞳のマンガ原作のアニメ化。ダントツの空想力で世界観を作るのを得意とする浅草みどり、有名俳優一家生まれの観察眼で生き生きとした動きを描く人気モデルの水崎ツバメといった「作り手」だけではなく、とにかくお金のことを考える「プロデューサー」の金森さやかがいるバランス感が楽しく新鮮。アニメを作る物語をアニメで語るという至難の技は、これまでいろいろなスタイルを試してきた湯浅政明であればお手の物。chelmicoの軽やかなテーマ曲にあわせて3人が独特のポーズを繰り出す本作のオープニング映像は、SNSを中心に海外まで影響の及ぶミームともなった。
オオルタイチが手がける音楽も煮えたぎる創造衝動を滾らせる。本作が感動的なのは、“初期衝動”で突っ切る3人の作り出す設定が、次第にさまざまな人達に感染していくところ。彼女たちが生み出した映像を観た人たちによって街さえも変容していくラストは感涙ものだ。観ていると自分に眠る“初期衝動”や原初的興奮が思わず目覚めてしまうだろう。ところどころにちりばめられた名作アニメ(『未来少年コナン』や『AKIRA』etc.…)を見つけるのも楽しい。
シリーズ構成の魔術師・湯浅政明の「構造」を堪能せよ!
『四畳半神話大系』(10)/全11話
©四畳半主義者の会
京都を舞台に、自意識過剰すぎる「私」が充実した大学生活を求め奮闘する。エピソードが終わるごとに時間が巻き戻る破天荒な構成、無限に部屋を増やしていく畳張りの学生寮(本作の英題は『The Tatami Galaxy(訳すと、畳の銀河)』!)……。時間軸も空間軸も複雑化していく物語だが、人気イラストレーター中村佑介の作風も活かしカラフルに描かれたこの京都であれば、そんなことが起こっても不思議ではないと楽しめてしまう。
奇妙な構造をエンタメに仕上げてしまう本作は、「シリーズの名手」としての湯浅政明の力を堪能できる一作である。長編アニメ『夜は短し歩けよ乙女』はその世界観を継続しつつ、一夜のうちに一年、さらには人の一生が過ぎ去っていく不思議な時間の感覚が面白い。彼の手にかかると、時間でさえも変幻自在なのだ。
関連作 >>『夜は短し歩けよ乙女』(17)
同じ原作者、同じスタッフが再集結。
レスラーたちのちょっとアブない戦いが本能をくすぐる
『キックハート』(13)
©2012 湯浅政明・Production I.G
孤児院を救うために日々リングに立つ男性覆面レスラーは実は“M”で、同じ孤児院で日々子どもたちを守る女性覆面レスラーはとんでもない“S”だった……。それぞれに秘密を抱える2人のレスラーの痛々しくも気持ちいい戦いを描き出す本作は、とても奇妙で、美しいまでにカラフルで、設定も物語もあまりに自由。少しアブないキャラクターたちも含め、湯浅政明の魅力が凝縮されている。
とにかく、観ている人の本能をもコチョコチョとくすぐるような展開の連発が楽しい。オオルタイチの音楽も興奮を刺激する。新しい資金調達の手段として当時話題になっていたクラウドファンディングを活用し、全世界の3000人以上から20万ドル(約2500万円)を超える支援を集めて作られた本作は、多くの国際映画祭でも高評価。現在の「世界の巨匠」湯浅の礎を築いた作品でもある。
悪魔と人間の関係が描く絶望と希望、純愛と憎しみ
『DEVILMAN crybaby』(18)/全10話
©Go Nagai-Devilman Crybaby Project Netflixシリーズ『DEVILMAN crybaby』独占配信中
永井豪原作の伝説のマンガを、そのあまりにショッキングすぎる結末まで初めて映像化したことで話題になった本作。ヘイトクライムの一方、新たなヒップホップ文化を生み出す街・川崎を舞台に、不良たちをラッパーに、主人公たちをアスリートにした本作は、「血が混じり合う」ことをめぐる思いを多面的に描き映し出し、「今」を語る作品となった。
Netflixオリジナルの日本アニメ第一弾であり、地上波では難しい暴力や性表現を全面化することで湯浅政明の世界観はよりダークかつバイオレントに。小松左京の有名原作を同じくNetflixオリジナルとしてアニメ化した『日本沈没2020』では、オリンピックやYouTuber、多国籍の人々が、やはり「今」を語る。両シリーズとも絶望の物語のようでいて、最後に残るのは希望の感覚なのが興味深い。
関連作 >>『日本沈没2020』(20)/全10話
小松左京の有名原作をアニメ化。Netflixシリーズ『日本沈没2020』独占配信中
「いま」を生きる若者たち その特別な瞬間を眩しく描く
『夜明け告げるルーのうた』(17)
©2017 ルー製作委員会
湯浅政明は「普通の」人たちの生活も魅力的に描ききる。『夜明け告げるルーのうた』の主人公は、東京から田舎へ引っ越してきた中学生のカイ。自作の曲を動画サイトに発表する内気な少年だ。『きみと、波にのれたら』の主人公は、マンションの火災から自分を救ってくれた消防士と恋に落ちる大学生ひな子。両作ともに、「どこにでもいそうな」メインキャラクターが、自分を縛る過去から解放される優しい物語を語る。もちろん、湯浅監督らしい奇想天外さも両作にはふんだんにある。人魚のルーが起点となる感染性のあるダンスは観ていると思わずウキウキしてくるし、死んだ恋人の亡霊とともにいようとするひな子の決死の行動は狂気スレスレで笑えもする。
「フラッシュ・アニメーション」というデジタル作画をフル活用したシャープでダイナミックな線が、一度きりの青春のみずみずしさと輝きにとても合っている。クライマックスで流れる音楽にも心揺さぶられる。『夜明け告げるルーのうた』は、世界最大のアヌシー国際アニメーション映画祭でグランプリであるクリスタル賞を獲得した。日本作品の受賞は、宮崎駿や高畑勲以来のことで、その点からも湯浅政明の国際的な認知度・評価の高さがうかがえる。
関連作 >>『きみと、波にのれたら』(19)
脚本はともに吉田玲子が担当。
ストーリーテラーとしての幅の広さがわかる2作
『ケモノヅメ』(06)/全13話
©2006湯浅政明/マッドハウス・ケモノヅメ製作委員会
『マインド・ゲーム』の後に手がけたテレビ・シリーズ2作は、湯浅政明テイストを原液にまで濃縮したかと感じさせるファン必見の仕上がりだ。食人鬼を狩るための集団にいる剣士が本来は退治すべき食人鬼の女性に恋をしてしまうハードボイルドな『ケモノヅメ』と、記憶がデータ化された世界でさまざまな肉体に宿り人々の記憶をたどっていくSFドラマ『カイバ』。現代社会を舞台に荒々しい絵柄を用い性や暴力にまみれた状況を描く前者が「硬」だとすれば、宇宙全体を舞台に手塚治虫のようなスタイルの描線でやわらかな印象を与える後者は「軟」である。
この2つのシリーズをあわせて観ると湯浅監督の幅広さにまず驚かされつつも、人間の存在の脆さを受け入れる優しさが共通していることに気づく。人間の性を表す人間ドラマとして奥深い。
関連作 >>『カイバ』(08)/全12話
記憶を失った主人公カイバの愛と冒険の物語。
マンガの筆致そのままに、斬新でクールな映像体験
『ピンポン THE ANIMATION』(14)/全11話
©松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会
松本大洋の名作『ピンポン』をアニメ化したシリーズは、まるで原作マンガの絵がそのまま動き出したかのようなスタイリッシュな映像が目を惹く。だが、それだけではこの作品の持ち味は語りきれない。後に『DEVILMAN crybaby』の音楽も担当する牛尾憲輔が手がけたサウンドトラックは、とにかくかっこいいキャラクターが次々登場する本作を底の方から盛り上げる。映像と音楽が支えるのは、主人公たちの熱くエモーショナルな人生模様だ。
注目したいのは、画面の「白さ」。卓球バトルで背景が消えていくとき、人がなにかに夢中になるときの白熱する精神状態がピュアに描かれる。湯浅作品において、優れた映像技術で描き出すのは、心の真っ直ぐさなのである。年をとった登場人物たちが魅力的なのも、アニメの世界のなかでは得難い。
人間が持ちうる真っ直ぐな思いを描いてきた歴史、その到達点
『犬王』(22)
©2021 “INU-OH” Film Partners
呪いをかけられた猿楽師の犬王と、盲目の琵琶法師・友魚。この2人が革新的なパフォーマンスによって民衆を熱狂の渦に巻き込んでいく様子を描く。なによりも注目したいのは、2人の艶めかしい肉体だ。あえて既成概念にとらわれない設定にした(電気のなかった室町時代にエレキギターが鳴り響く…!)本作は、かつてのロック音楽が持っていた危うい蠱惑的ムードをムンムンと撒き散らす。犬王の踊りも時代設定を無視した人類の肉体表現のショーケースのようなものになっていて、とにかく目を惹きつける。
同時に、物語の面でも破天荒。後半のほとんどが、犬王と、友魚率いる「友有座」のパフォーマンス映像の連続なのに、間違いなくストーリーはダイナミックに進行していく。この映画は画期的なミュージカルでもあるのだ。あまりの型破りな展開がとにかくクセになり、リピートしたくなるし、曲も頭から離れない。この魅力にいったんハマると「こういう歴史が本当にあったのかもしれない」と信じ始めてしまうのが面白い。そう感じさせるのは、人間の思いの純粋さや熱さ、真っ直ぐさを、湯浅政明が一貫してウソなく描いてきた経験があるからだろう。そこにあるのは、歴史を超えて届く本物の感情だ。
一人になりたくなったら暗闇のなかでこれを観る
『ねこぢる草』(01)
©ねこぢる・大和堂/ねこぢるファミリー
近作で湯浅ワールドにハマってしまったあなたに、もう一歩踏み込んでオススメしたいのがこちら。死神に奪われた半分の魂を取り戻すため、ネコの姉弟がダウナーな旅に出る。夢と目覚め、生と死のあいだを彷徨うような本作の物語は、残酷なことがたくさん起こるにもかかわらず、一度ハマりだすと抜け出せない魅力がある。湯浅政明は本作の監督ではないが、脚本・絵コンテ・演出・作画監督と要職のほとんどを手がけている。
アメリカの人気シリーズの、異色エピソード
「フードチェーン」
『アドベンチャー・タイム』(10)シーズン6/第7話
「アドベンチャー・タイム」TM & ©2022. Cartoon Network. m.music.jp、GYAO!ストアにてレンタル中/画像提供: カートゥーンネットワーク
滅亡後の世界を舞台に少年フィンと犬のジェイクがハチャメチャな冒険を繰り広げる『アドベンチャー・タイム』。クリエイターのペンデルトン・ウォードが湯浅政明のファンであったことから、シリーズ初の外部ディレクターを依頼、結果として「サイケな教育番組」とでも形容すべき異色のミュージカルが完成した。本体のシリーズの全貌を知らずとも楽しめてしまうので、2010年代に世界を席巻した同シリーズ自体の入門編としてもオススメ。