「アンディ・ウォーホル」と聞けば、何を思い浮かべますか?キャンベルスープ缶?マリリンモンロー?
もちろん彼が元々商業デザイナー・イラストレーターとして活動していた背景や「ポップアート」のジャンルを築きあげた経緯には、シルクスクリーン作品は欠かせない存在です。が、それら彼の代表的な作品を大量生産していたスタジオが「FACTORY」。つまり「工場」。1960年代のニューヨークカルチャーの発信地だったサロンとして歴史に名を残してます。
そもそもウォーホルが活躍した1960年代はアメリカにとって激動の年で、カウンターカルチャーや同性愛者によるデモ、キング牧師の誕生など様々な文化革命が起きている年でした。同時にマリリン・モンローの突然死やケネディ大統領の射殺など大衆に衝撃が走るようなニュースも次々と飛び込み、みんなが政治に関心を少なからず持つような時代。
その中で、ウォーホールは大衆に分かる社会的アイコンを逆手に取って、モチーフとして続々と作品を生産していき「ポップアート」を確立。また作品制作を行う一方で、18歳まで親友がいなかった彼は、とにかくどうしたら人に見向きされるかどうか考えます。人間を俯瞰して見た結果「みんな結局のところパーティがあるところに集まる」という大衆の原理に気付き始めるのです。
そんな彼のアート作品を「大量生産」するコンセプトと人々の集う場所が相まって、「FACTORY」が誕生。建物一面は、工場さながらに銀色のアルミホイルで埋め尽くされ、様々な著名人が馬鹿騒ぎを繰り返すようになります。同時にウォーホルはその場でシルクスクリーン作品や実験映像を生み出していきます。