スタイリスト谷崎彩さんが愛するファッションの話。
思いは、必ず実現する。 夢を諦めない力が湧く〈mister it.〉砂川卓也さんのストーリー – スタイリスト谷崎彩の超私的ファッション愛 #14
「シャツ作った みてほしい」とメッセージが印刷された紙片が、剥き出しのまま透明の封筒に入れられて届きました。どうやら展示会のDMのようです。面白すぎて「行くよ、もちろん!」とニヤニヤしながら独り言。最近メールでのお知らせが多くなり、こんな感じの凝ったお知らせを郵便でもらうことが殆どなくなったのでとっても新鮮!
〈mister it.〉の服を初めて見た時に起こった、なんだかモワッとくる、わたしが好きな“あの感じ”!を再び思い起こしました。ここ最近はこんな空気を醸し出してくる服に出合っていなかった気がします。この雰囲気の正体が知りたくて、展示会におじゃました際にデザイナーの砂川卓也さんにお話しを聞かせて頂くことにしました。
初めてマルジェラの服に出合った時の衝撃
谷崎彩(以下A): どんな経緯でデザイナーに?
砂川卓也さん(以下I) : 大学は服飾とは全然関係ないところに行っていました。学生時代に京都で観た展覧会へ何の気なしに行った時に、“美の極み”的なすごい服がズラッと並んでる中に「何だこれは」と。すごい独特の空気が出てる服、それはマルタン・マルジェラの服だったんですけど、雷に打たれたような衝撃を受けて。その次の日から「俺はデザイナーになるんだ!」ってまだ何も作ったこともない勉強もしてないのに、周りの人にも宣言して、独学で服を作り始めたんです。
それで、自分で作った服を着て大学に行くと友人たちから「何なんそれ。自分、パリコレ?」とかいじられて(笑)。でも何だかんだ言いながら、卒業までみんな色々と協力してくれましたね。その後は服飾専門学校に行きたかったから、今度は親を説得するためファッションに対しての本気をみせたくて、めちゃめちゃ服を作ってた。しかもミシンも踏めないから、手縫いで。それで、2年間大阪のエスモードに通いました。
A: パリには?
I: 計6年くらい。日本のエスモードに2年通った後、パリのエスモードへ行ったんです。
A: 以前、砂川さんのインタビュー記事でフランス語が話せなかったからマルジェラ社の面接には丸暗記で臨んだって読んだけど、学校では言葉の問題はなかったの?
I: オートクチュールのコースをとっていたけど、実は授業もそんなに出てなかったんで、フランス語も全然覚えられなくて。頑張るしかないんだって気持ちが強かったから、毎日部屋で一人、黙々と服を作っていた。真面目な生徒じゃなかったから先生には好かれてなくて、遂に「卒業させない」って言われちゃって。だから卒業課題で3体出せば良いところ、8体提出したんです。そしたら「よし、卒業させる!」って(笑)。
学校の卒業のためだけに服を作るのも嫌だったので『ディナール国際新人デザイナーコンテスト』(2012年)に応募をしたら、グランプリが獲れました。
A: 京都の展覧会で衝撃を受けてからついにここまで!思えば叶うを実現させてる。
I:一人でも多くの人に自分の作った服を見てもらいたいと、街を歩いている人にモデルになってくれるように頼んで、写真を撮ったりもしていました。その時は言葉がイマイチでも、服を通じてコミニュケーションがとれるから、ファッションって改めて面白いなと感激しましたね。
【with mister it.】 明後日、今日、昨日」の3つのチャプターからなる生活様式も年齢も夫々に違う人々がmister it.の服 を着て日常をすごす断片を切り取ったような動画。秀逸です。
服作りはとてもパーソナルな物であり
他者への愛情なくしては成立しない
A: それでマルジェラ社にはどのように?
I: インターンシップの面接に向けて、友人に頼んで自分自身をアピールするフランス語を録音してもらって、毎日繰り返し聞いて必死で練習して、とりあえずそこの会話だけは完璧になって(笑)。面接の時に「フランス語上手ね」「Oui(はい)〜」って(笑)!そしたら翌日、合格の連絡を頂きました。
3ヶ月インターンをした後に改めて「タクヤは今後どうしたい?」って社長に聞かれて、「このままここで働かせて欲しいけど、いずれは自分のブランドを立ち上げるから2年くらいしか居られない」って。
A: すごいね!今から正式採用してもらおうという会社の社長に言い放つのもそうだけど、砂川さんのジェネレーションって、自分でブランド立ち上げるリスク背負うよりも、大手グループに所属してたいっていうのが大多数だったりするだろうから、なおさらすごい。
I: 確かに同僚にもそんなこという人いなかったですね。それでも正式採用になってコレクションとアーティザナルのチームに配属されました。
A: マルタンには直接会ってないんだよね?
I: うん。でも創業当時のメンバーはまだ残っていて、彼らがメゾンに対してもチームに対しても、とても愛情深く優しい人たちで、多くのことを教えてもらいました。暇があればアーカイブ室や古着のストックルームで服を触って過ごしていたし、1つのコレクションが終わると、リサーチ期間があって、みんな自分で旅する国を決めたりして異なる文化からアイディアを見つけたり、そこで古着を買い集めたりという楽しい作業もありました。
その時の経験から、服はとてもパーソナルな物であり、服作りは他者への愛情なくしては成立しないと感じたんです。それに、僕がデザイナーを志すきっかけになった展覧会の服を直接手掛けたのが、いつも良くしてくれていた先輩、正にその人だった…!ということも後から知り…。
A: 運命の再会!なんかその光景思い浮かべただけでジーンとくる。ミシンも踏めなかった大学生のデザイナーを目指す情熱と、それを支える周りの人たちの愛情ね!
I: 本当に、感激しました。マルタンはもういなかったけど、服作りに情熱を持った人たちと一緒に働けたのがすごく良い経験になりました。 それで、結局3年ちょっといて退職することにしたんですけどね。空気に染まり過ぎるよりも、ここは頑張って自分のブランドを立ち上げようと。
図書館の貸し出しスタンプをモチーフにデザインされてる〈mister it.〉のブランドネーム。「7* Rue Charlot」の住所の意味は?
A: シャツにプリントされてる「7* Rue Charlot」 が〈mister it.〉の最初のアトリエがあったところ? 私、その付近にあるチョコレート屋さんとパン屋さんがめちゃ好きで。
I: あっ、わかる!あそこのチョコ美味しいですよね。それにまさしくそのパン屋の上に住んでて、毎朝そこのパンを食べていた。アトリエと言っても、ブランド立ち上げるのにお金貯めたくて、家賃の安い4畳半くらいの狭い部屋で、いつもベッドを上げて作業してたんです。それがこの住所。
A: いい話だなぁ。なんかこの住所のプリントも愛しく思えてきた。ところで今回のコレクションの「シャツ作った みてほしい」はどういうわけで?
I: 単純にシャツって面白いなといつも思っていて。なので今回はシャツにフォーカスして、ガッツリ、シャツのことだけを取り組んでいきたいなと。ブランドもまだ小さいから、あれこれ作るよりそうやって丁寧にやっていきたいんです。
A: 好きなシャツたくさんあった!個人的には”Sandie-Bandana”が好き。色んな着方ができるとことか、毎日一人で黙々と服をいじり続けてきた人ならではのデザインだなぁと感心しました。最後に、海外で自分の服を売ることについては?
I: もちろん、いつかはそうしていきたいですが、海外でのセールスの大変さも重々知ってるので。以前はちょっと大きな目標を立てて、先のことを見すぎていたところもあったんですが。今は目の前のことを、やるべきことをしっかりやる。それをひとつずつ丁寧に積み上げていこうと思っています。
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mister it.
Instagram:@misterit75003
お問合せ先: http://misterit.jp
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谷崎彩
スタイリスト。1998年から代官山の隅っこで小さな輸入洋品店を開業。2000年〜2004年くらいまでフランスのインディペンデントマガジン「Purple fashion 」のスタイリスト兼ファッションエディターを務める。