「ファッション・ウィーク中に日帰りでパリからスイスに行かない? とBLESS(ブレス)からメールがきた。 ブレスはデジレとイネスが率いるデザインチーム。もう十数年来のお付き合いだ。添付してある内容もよく見ず、「行く!」と即答して、当日の朝 10:00 リヨン駅に向かうと、おお!ブレスのコレクションを着用した人々が総勢30人余り。その中には L.Aやロンドンなど各国のブレスを扱っているショップのオーナーたちも。人種も年齢もバラバラで、傍から見るとかなり不思議な集団がぞろぞろ車内へ。
「で、どこへ何しにいくの?」と案内状を確認していない私。「バーゼル駅で降りて、ヴィトラ・キャンパス(イームスなどで有名な家具メーカーの本社)へ展覧会を見に行くのよ」 何だっけ? ヴィトラ・キャンパス?建築関係に疎い私はあわてて、友人が持参していたCasaブルータスの特集記事を熟読。ひぇ〜、アンビルドの女王、故ザハ・ハディドが世界で最初に実現した建築もここにあるのか…。そうこうしているうち 3 時間超で到着。いきなり安藤忠雄設計のパビリオンで昼食をとり、いよいよ会場へ。
展覧会のタイトルは“Worker’s Delight”これがそのまま、 服と家具がラインナップされた次の 2017S/S コレクション(BLESS N ゚56)になるそう。
会場設営の様子を図柄にしたシリーズのゴブラン織りも(敷物にも、ストールにも用途は自由)。
「この展覧会は20世紀初頭の産業革命以降、猛烈に経済発展し続けた後の現代、肉体労働よりも机上でコンピューターによる労働が増えたオフィスでの過ごし方がテーマになっています」 とヴィトラのキュレータ女史。この日は彼女もブレスのSS2017 コレクションを着用(後からルックブックを撮影するため)。
「皮肉な意味合いは、ないんだけどね。でもテクノロジーの最先端をいくIT企業の人たちのオフィス家具がこんなだと楽しくない?」とイネス。 いや、もう慣れましたけど、今回もかなりズッこけてますね。ユニークで、アナログで、テクノロジーの世界と逆行していく感じがむしろ未来を感じさせます。オーダーシートを確認すると、ちょっと頑張ったら買えるくらいの値段がついていて、彼女たちは冗談でなく、本気で製造、販売するつもり。デザインして発表して満足、ではありません。 真面目に “日常にあったら楽しいもの” を生産しようとしているのです。だから今回、美術館でなく、ヴィトラ社のギャラリーで展示会が行われているわけだし。現に、2010年に発表した”Workoutcomputer”はすごく楽しいアイデア! とワクワクしたけど、実際はプレゼンテーションをやる資金繰りも大変そうで、コレクションのショーのために、 こんなに作るのが大変なでっかい物をどうするんだろう?と心配していました。が、それは凡人の浅はかな考え。 なんと、ちゃんと売れてるんですよね。そのクライアントの一つはカナダの保険会社で、ロビーに展示する用に購入したとか。労働と健康というテーマは保険会社にはぴったり。お洒落な会社だなぁ。
Workoutcomputer
パンチングボールのアルファベットがパソコンのキーボードになっていて、パンチするとその文字がタイプされるという “身体を使ってタイプする” 機械。2010年より改良が重ねられている。
Furnitureplant #1 Hangout
足や背中をストレッチしたり、 休憩するためのオフィス家具
Furnitureplant #2 Neckrestdesk
身体を楽に、且つ仕事に集中できる椅子と一体型のテーブル
Furnitureplant #3 Rythmer
社員の運動不足解消グッズ
Furnitureplant #4 Cruncheshome
オフィスの床のどこでもがちょっとした気分転換の場所になる止り木的家具。
Workbed
机で一生懸命働いたら、テーブルをひっくり返して眠ることもできます
( 天板の反対側にはベッドマットが装備されている)。
Carpethammock
カーペットのハンモック
ReuberHenning という素敵なラグメーカーとのコラボ
Springboardcarpet
オフィスの入り口には跳躍台付きカーペット
経済効率だけを考えるとバカバカしいと思えるアイデアを実現させていくのがブレス。ファッションデザインの各所にもそれが見受けられて、えっ、これはちょっと…って思うデザインも着ると意外にナイスな感じ。ちゃんと使う生地の質や縫製技術を考慮したものになっています。ここ数年、情報とテクノロジーが急速に発展したお陰で、便利になったことも多い反面、ストレスが増えたのも事実。果たしてこれが進化と呼べるのでしょうか? むしろ、肉体は 100年前の人々より退化していっているのでは?と思えてしまうことも。テクノロジーは進化してもボディーは機械化できないものね。 「ファッションのスピードを緩めたい」と 1997 年にデジレとイネスがブレスを始め、2人とも出産を機に「ビジネスを大きくし続けるのではなく、ちょうど良い規模とスピードで自分たちなりに」と一旦、仕事を縮小し、スタッフと共に丁寧にクリエーションを作り上げている様子は傍 から見ていても楽しそう。これから私たちが目指していかなければならない、ヘルシーな会社の在り方のヒントのような気がします。このヴィトラ・キャンパスでのオフィス・インテリアの展示会もこれから先のストレス社会を見据えた彼女たちからの警鐘?「そんなに難しいことを考えているわけではないけど、 私たちの日常には、良い意味での無駄やユニークなことが必要よね」と二人は商品を通して、語りかけてくれます。そう、これは “作品” ではなく、ちゃんと買って使う事のできる “物” なのです。すぐに取り入れることができるのです。 というわけで、ブレスはアートにも、ファッションにもインテリアにも限定されず、デザインの必要性と楽しさを伝えてくれるユニットであり、そして、そういう小規模な会社が、 社会や大企業を相手にユーモアにあふれたデザインをグローバルに展開してくれていることに安心感を覚えたりもするのです。
2016年の夏に新しくできたヘルツォーク&ド・ムーロン 建築のデザインミュージアムとオフィス。 最後は展覧会おめでとう!の乾杯をオフィスの会議室で。ヴィトラのオフィスの黒板には「苦しみぬいて考え抜いた 先に”魔法が起こる!”」なんてことが書いてあるのを発見したりして、とても貴重な体験でした。