GINZAでおなじみの自称モード界のご意見番プロフェッサー栗山による「モードそうだったのか!!」。独断と偏見を交えながら最新ニュースを嚙み砕きます。
NYメトロポリタン美術館でコム デ ギャルソンの展覧会 – プロフェッサー栗山がモードのニュースをわかりやすく解説
「NYメトロポリタン美術館でコム デ ギャルソンの展覧会が開催される!」というニュースがモード界を駆け巡り、アメリカ社交界のど真ん中に我が国のインディペンデントなブランドが乗り込むとは!と驚いたのは昨年の秋。もはやぜんぜん「最新ニュース」ではなくなっているが、先日現地でこちらを拝見してきたので、今回はニュースになった出来事のその後を追う、的な特別編を突然お送りしてみたいと思う。
「Rei Kawakubo/Comme des Garçons Art of the In-Between」展では、80年代から最新コレクションまでの約150体が9つのセクションにカテゴライズされてシーズンを問わずディスプレイされていた。配布されていた冊子には各カテゴリーの説明がとうとうと述べられていて、たしかにそういう考え方もあるかもしれないね、という気にはなる。が、しかし、本来のコム デ ギャルソンのパワーが削がれているような感じもしないでもなかった。
私は、コム デ ギャルソンのすごさは、シーズンごとに驚きをもたらすことにあると思っている。黒づくしで穴あきのニットなどを発表した1982-83年秋冬コレクションは「黒の衝撃」としてカラフルで楽天的なムードで満ちていたヨーロッパモード界の価値観を揺るがし、88-89年秋冬「レッド イズ ブラック」と名付けられたコレクションを発表して「コム デ ギャルソンといえば黒」というセルフイメージを裏切った。身体のあちこちに「こぶ」を形づくるドレスでそもそも「美しい」身体とは何なのか、といった根源的な問いを投げかけたのは97年春夏「ボディ ミーツ ドレス・ドレス ミーツ ボディ」。毎シーズンのようにめまぐるしくイメージを変えて私たちの予想に反するコレクションを発表し続け、3、4年くらい前からは体数を絞り、より抽象的な思索を深めているように見える。
1984年春夏「Round Rubber」
1997年春夏「ボディ ミーツ ドレス・ドレス ミーツ ボディ」
2017-18年秋冬「The Future of Silhouette」
キュレーターのアンドリュー・ボルトン氏は、ただ時系列に並べるだけでは芸がないよね、といろいろ思考錯誤したに違いない。しかし Absence/Presence, Design/Not Design, Fashion/Antifashion, Self/Other, Object/Subject, Clothes/Not Clothes といったカテゴライズの仕方が抽象的で、コム デ ギャルソンはまるで仙人か何かのように浮世から遠く離れたところでそんなことばかりを考えて服づくりをしているかのように思われてしまう。それどころか、2000年代に入り、ファッション業界に陰りが見え始めた頃にいち早く他ブランドとのコラボレーションを積極的に行なったり、手頃な価格のブランドを立ち上げたりする会社の動きからもわかるように、コム デ ギャルソンは時代や世の反応をちゃんと見ながらコレクションを発表しているのだ。世の中からかけ離れた感覚で奇抜なことをしてもただの変な人なのであって、空気をわかったうえで強いものを投げかけるからこそ50年近くにもわたって関心を持たれ続けている存在なのである。
ファッションやデザインに特化しているロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館やパリの装飾美術館ならまだしも、必ずしもファッションに関心があるわけではない人々が大勢来るメトロポリタン美術館でキュレーター一個人の恣意的な解釈を披露するのは少々不親切だとも思われた。コム デ ギャルソンは過去から未来へと滑らかに流れていくのではなく、シーズンごとに完結していて、次々とまったく違うことを行おうとする。シーズンを混ぜてディスプレイするやり方は、その一番重要な点を見失ってしまいかねない。あえてカテゴライズするならば「黒の時代」、「セルフイメージを塗り替え続ける時代」、「思索の時代」といったところなのか。時代をおって、背景もフォローしつつ、シーズンごとに見せる。あんまり説明的になるのは興ざめなのかもしれないが、そういうシンプルな考え方でよかったんじゃないのかなあ。想像を働かせる部分は各シーズンがどういうことを表しているのかにとどめておくとか。
メトロポリタン美術館は、チケットを買えばどの展示室も自由に見られるようになっている。だから、私のようにコム デ ギャルソンの展覧会を目指してきた人だけではなく、偶然通りかかってふらっと入る人もたくさんいる。NYは夏真っ盛りでうだるような暑さ。Tシャツ・短パン・ぞうりといった軽装の彼らにとってはよけい、コム デ ギャルソンの服は着る対象ではなく、鑑賞するだけのアートのようなものに見えているのかもしれないな、と、コム デ ギャルソンがワードローブのほとんどを占める私は少々残念な気持ちになるのであった。
展覧会は9月4日まで。展示室内で文字による説明は極力控えてあるので、カテゴライズをあまり気にせず、服ひとつひとつの力や、展示スペースに注目する見方もできると思う。何はともあれ日本人女性デザイナーがメトロポリタン美術館で展覧会を開催するということは前例のない快挙である。NYに行く機会があればぜひ立ち寄ってみてほしい。
Text&Edit: Itoi Kuriyama