山縣良和×ヘレナ・ルメルスキー×堀内太郎が鼎談。同世代デザイナーが東京で再会

山縣良和×ヘレナ・ルメルスキー×堀内太郎が鼎談。同世代デザイナーが東京で再会

国籍もバックグラウンドも違う3人の若者は、学生時代にヨーロッパで出会い、ファッションデザイナーとしてそれぞれの場所で、それぞれのやり方で活動を始めた。時は経ち、今では世界を舞台に活躍する仲間として刺激しあえる関係になった。東京をベースに活動する堀内太郎(〈タロウ ホリウチ〉デザイナー)と山縣良和(〈リトゥンアフターワーズ〉〈リトゥン バイ〉デザイナー)にくわえ、9年ぶりに日本でコレクションを披露したヘレナ・ルメルスキー(〈レナ・ルメルスキー〉デザイナー)を交え、3人の出会いや学生時代、クリエーションやこれからのファッションについて語ってもらった。


——皆さんは学生時代からの友人ということですが、ベルギーで学んだヘレナさんと堀内さん、イギリスで学んだ山縣さんの三人が、それぞれどうやって知りあうことになったのか、きっかけを教えてください。

 

ヘレナ:ベルギーのアントワープ王立アカデミー(以下:アカデミー)で学生時代を過ごしたのですが、そこで太郎と会ったのが最初ですね。私の同学年には、卒業当時、一緒にブランドをやっていた〈ヴェトモン〉のデムナもいました。

 

堀内:僕はヘレナのひとつ下の学年でしたが、ヘレナの同級生には〈ミキオ サカベ〉デザイナーの三樹郎くんもいて、そこでみんなと知り合った感じですね。

 

山縣:僕は2人と違って、ロンドンのセントラル・セントマーチンズ芸術大学(以下:セントマーチンズ)に通っていたのですが、アントワープに知り合いがいたので、アカデミーの卒業コレクションを観に行くなど、よく遊びに行っていました。

 

堀内:共通の知り合いも多かったからね。アントワープは田舎にあるとても小さな街なので、コミュニティーが小さかったんです。友人が開くホームパーティとかで自然と顔を合わせたりしていました。

 

山縣:セントマーチンズに通っていた頃、出会ったファッションジャーナリストたちは、「セントマーチンズの時代は終わった、アカデミーに行った方がいい」とみんな言っていました。僕の友人でもロンドンからアントワープへ移る人が結構いたので、そんな流れもあって、現地の新しい知り合いやコネクションができていった感じです。ヘレナとは実際には話したことはなかったけど、彼女の素晴らしいコレクションは話題になっていたので、作品を通じて知ったのがきっかけですね。

 

 

——アントワープのアカデミー、ロンドンのセントマーチンズともに、ファッション教育の場として大変有名ですが、自身が学ぶ大学を決めた理由は何だったのでしょうか?

 

ヘレナ:私はクリミア出身なのですが、当時、両親がドイツのデュッセルドルフに住んでいたので、ファッションを学ぶため現地の学校の試験を受けに行ったところ、「君はここではなく、アントワープへ行って学んだ方がいい」と言われ、アカデミーのことを初めて知ったの。ベルギー出身のデザイナーのことは知っていましたが、そんなに有名な学校がアントワープにあるとは知らなかったんです。当時、マルタン・マルジェラから影響を受けていたので、彼が学んだ学校ということもあって、アカデミーに行くことを決めました。

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堀内:僕も彼女と同じで、マルジェラから受けた影響は大きいですね。アントワープへ行く前にロンドンでアートを学んでいましたが、彼が表現する、新しいファッションの形や表現方法に影響を受けて、もっとアートとファッションを融合させた表現ができないかと思い、アカデミーへ行くことにしました。ヘレナが受けたアカデミーの入学試験と同じ年に、僕も試験を受けたのですが、日程を間違えて2日目から行ってしまって(笑)。当時の学長、リンダ・ロッパに「来年また受けに来なさい」と言われ、翌年に受け直して入学しました。

 

山縣:そうだったんだ、それは知らなかった(笑)。僕がロンドンへ行った最初の理由は英語を学ぶためでした。大阪の学校で1年間ファッションビジネスを勉強していましたが、自分のやりたいことは違うなと思って、辞めてロンドンへ行きました。自分が本当にやりたいことは何だろうと考えたときに、ファッションで自分を自由に表現することだと気付いて。それで、ロンドンでファッションクリエーションを学ぶならここしかしかないと思い、セントマーチンズに行くことにしました。

 

——それぞれの国や学校で、教育の方針や周りの環境も違ったと思いますが、実際の学生生活はどのようなものだったのでしょうか?

 

ヘレナ:まず、アカデミーが思っていた以上にインターナショナルな場所だったことに、とても驚きました。日本にはファッションやカルチャーなど、さまざまなものがありますが、私が育った場所には当時ほとんどなにもなかったんです。みんなが中国製の偽物のシャネルを着て、同じようなスタイルをしていてとても退屈だった。クリエイティブなファッション雑誌なんて一度も見たことがなかったわ。だから、アントワープに行って、さまざまな国から集まった生徒たちとコミュニケーションを取り、互いに刺激しあえる環境から、とても多くのことを学びました。

 

堀内:ヘレナは、学生時代からクオリティーの高い作品を作っていましたね。カッティングやパターンなど、既に他の学生とはレベルが違っていたのを憶えています。彼女の2年生の時の作品がアワードを受賞したのですが、当時、2年生で受賞すること自体が十数年ぶりで、かなり話題になっていました。

 

山縣:素晴らしかったよね。オールグレーのメンズウェアコレクションで、すごくクリエイティブで新鮮だった。

 

堀内:女性がメンズウェアをデザインするのも、当時は珍しかったね。それまでは、メンズウェアはコンサバティブなデザインが主流だったけど、シルエットやデザイン、世界観も含めて、クリエイティブなメンズウェアが新しい価値観を生み出しはじめていた。山縣くんも参加した、「ITS #THREE」では、デムナがメンズコレクションでグランプリを受賞していたし。

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山縣:そうだね、ファッションの新しい流れというか、メンズウェアの新しい形が評価されはじめていた。ヘレナも学生時代はメンズコレクションを作っていたけど、ファッションを学び始めたのはアカデミーが初めてだったの?

 

ヘレナ:いいえ、アカデミーに入る前にイスラエルの学校に行っていたわ。技術的なことはそこで憶えたけど、何か違うなという思いがずっとあって。初めてマルジェラのドールコレクションを見て、私が衝撃を受けたように、人を感動させるものを作りたいという気持ちが強かったんです。

 

堀内:アントワープは小さな田舎町なので、遊ぶ場所も少ないし、自然と学校中心の生活になる。洋服の生地を売っている店もかなり限られるので、自分で生地からオリジナルのものを作らないといけないし、決してファッションを学ぶのに便利な街とはいえなかった。だから、自分自身と向き合いながら、本当にゼロから作品を作っていくしかなかったんです。学校では先生から“コンテニュー(続けて)”と言われ続けました(笑)。

 

ヘレナ:そうそう!(笑)。自分のやり方を生徒自身に考えさせるためか、先生は何もアドバイスしてくれないんです。そんななか、「明日までに100枚のスケッチを描いてきなさい」と言われたりするので、自然と生徒たちで集まって黙々と作業したり、仲間たちと一緒にハードワークする日々は、大変だったけどとても充実してました。本当に毎日忙しかったけどね(笑)。

 

堀内:セントマーチンズはどんな環境だったの?生徒同士があまり仲良くないっていう噂を聞いたことあるけど(笑)。

 

山縣: 基本はそんなことないと思うけど、、。生徒同士が邪魔しあったり、酷い時はスケッチを盗まれたり、燃やされたりすることもあったみたい(笑)。確かに実際に僕の友人も作品を盗まれたことがあった。セントマーチンズのファッション科は、特にコンペティティブな雰囲気が強いせいもあるとは思うんだけど。でも、僕が卒業した当時のBA(修士)コースはそんなこともなくて、もっと自由で平和な空気感だった。先生には「君ならできる、自由にやりなさい!」とばかり言われてましたね(笑)。だから、先生に特に何かを教えてもらった感じはしないけど、不思議と何かは学んでいるというような。自分が表現したいことを、思い切りやりたいようにやって、それを評価してくれるというか。MA(博士)コースは完全に雰囲気が違って、先生も含めてもっと厳しくてピリピリした感じだったかな。同じ大学のファッション科なのに全然違うのが面白いですよね、そのコントラストというか。

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——何かをクリエーションするのに、自分が生活している街や周りの環境から受ける影響はとても大きいと思います。その街だからこそ経験できたことや、ロンドンやアントワープならではの特徴はあるのでしょうか?

 

山縣:アントワープと違ってロンドンには、生地屋や大きなマーケット、クラブなどの遊ぶ場所もたくさんあるので、生活しているなかで街から刺激を受けることができます。優秀な生徒は、いいバランスで遊びと勉強を両立していました。在学中からi-DやDazed & Confusedなどの雑誌や有名なスタイリストやエディターと繋がれたり、外に遊びに出て、いろんな人と会うことでできるコネクションもありますからね。僕も在学中にジョン・ガリアーノのもとでアシスタントを経験することができたり、自分から動けばチャンスがある街だったと思います。

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堀内:ロンドンやパリみたいに、アントワープは大都市ではないので、学校以外でやることといえば、みんなで週末に料理をしてホームパーティをしたり、どこかにご飯を食べに行くぐらいだったね(笑)。でも、街自体が小さいからこそ、アントワープを拠点にする著名デザイナーたちとの距離感がすごく近かった。ドリス・ヴァンノッテンやラフ・シモンズなど、パリで活躍するデザイナーたちの仕事を身近で見ることができたのはいい経験になった。

 

ヘレナ:コレクションの時期になると、彼らの制作のヘルプのためにパリへ行って、アシスタントをしていました。在学中にマルジェラやラフのアシスタントを経験する機会が得られたのは、アントワープという場所で学んでいたからこそだと思う。デザイナーたちもファミリーのように温かくて、親密な繋がりを感じることができましたね。

 

——学生の頃から、世界のトップデザイナーたちのそばで経験を積めることができ、同世代に3人のような刺激しあえる仲間がいるというのは本当に貴重ですよね。学生時代にそういったいい関係性を築いていたからこそ、2007年に21_21 DESIGN SIGHTで行われた「ヨーロッパで出会った新人たち」に繋がっていったわけですね。

 

山縣:そうですね。当時、僕自身もセントマーチンズで知り合った玉井健太郎(〈アシードンクラウド〉デザイナー)とリトゥンアフターワーズを始めたばかりでした。ヨーロッパで出会った友人たちが、それぞれ活動を本格的に始めていくタイミングでもあり、三樹郎くんと何か面白いことが東京でできないだろうかと一緒に考えていた時期です。それで、ヘレナや太郎くん、それにデムナや章くん(〈アキラ ナカ〉デザイナー)、〈HUI-HUI〉の3人を誘って、展覧会をやろうってことになって。多くの人たちのサポートがあって、実現することができました。

 

堀内:僕は卒業コレクションを展示したのですが、多くの人に見てもらうことができて、かなり反響も大きかったです。当時ヘレナは、デムナと2人で組んだデザインデュオ、ステレオタイプスとしての参加だったね。

 

ヘレナ:アカデミーを卒業して、これからどう活動していこうか考えていたときに、三樹郎さんから声を掛けてもらったの。日本には憧れを抱いていたし、私たちにとって本当にいい機会だったわ。若手デザイナーには貴重なチャンスだったし、同級生でもあるデムナと一緒にコレクションを作って参加することに決めました。でも、当時の私はメンズファッションがやりたかったから、ウィメンズのデザインは全部デムナに任せたの(笑)。彼とのエピソードで面白い話があって、アカデミーで出会う前、両親が住んでいたドュッセルドルフの同じストリートにデムナも住んでいたのよね(笑)。そんなことは知らずにアントワープで出会ったんだけど、その事実を知ったときは本当に驚きました。

 

——すごいですね、そのエピソード(笑)。堀内さんや山縣さん、三樹郎さんなどの他のメンバーと同様に、縁があり、出会うべくして出会ったのではないでしょうか。その展覧会から9年の時間が経ちましたが、今回また東京でファッションショーを行うにあたり、どんな気持ちだったのでしょうか? 先日のショーはたくさんの人が会場に集まったし、とても素晴らしいコレクションでしたね。

 

ヘレナ:今回、東京でショーをすることができて、とても嬉しく思っています。サポートしてくれたみんなに感謝しています。いわゆるファッションショーを行うような会場ではなく、野外の公園というオープンな場所でできたこともすごく良かったですね。ショーを通じて、作品に込めたエモーショナルな部分が見てくれた人に伝わってたら、さらに嬉しいです。

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宮下公園で発表した〈レナ・ルメルスキー〉 2017SSコレクション

山縣:ヘレナの作品の特徴でもありますが、今回もカッティングが本当に美しいコレクションでしたね。さまざまな素材を組み合わせて、構築的に作り上げられたシルエットが印象的で。それに、個々のピースのディテールにこだわりが詰まっていて、その完成度の高さに驚きました。

 

堀内:カッティングやパターンなどの、テクニカルな部分はもちろんクオリティーが高いんだけど、今回のコレクションでは色使いと素材のミックスの仕方がユニークで、とても新鮮でしたね。日本人の感覚とは全然違う、ヘレナらしいクリエーションだなと改めて思いました。コレクションの完成度が高くて、洋服自体からオーラを感じるし、クリエーションに説得力がありました。

 

ヘレナ:今回のコレクションは、これまでとは違う自分が表現できればと思い制作しました。ブラックをベースにしたシックなイメージではなく、もっとセクシーで楽しげな女性像を描きたかったんです。カラフルな色を組み合せ、軽やかな素材を使ってコレクションを構築していくことは、私にとって新しいチャレンジでした。

 

——堀内さんと山縣さんは、ショーではなく展示会でのコレクション発表をされましたが、発表の方法についてどのように考えているのでしょうか?今後考えていることもあれば教えてください。

 

山縣:世界に向けて自分のクリエーションを発信するため、国内だけでなく、パリでも展示会を行っていて、今はそこに集中したいと思っています。いつかはパリでショーもやってみたいですね。ゆっくりとですが、一歩一歩着実に、新しい繋がりを作っていけたらと思います。

 

堀内:今の自分がやるべきことのリストをクリアしていって、然るべきタイミングが来たら、ショー形式で発表したいと思っています。まずは自分のクリエーションにフィットする、自分らしいやり方を確立するのが優先ですね。

trh0449sヘレナ:今の時代、ショーだけではなく、表現や発表の方法はたくさんあります。自身の世界観を表現するために、自分だけの新たな方法を考え、何が自分にとって重要なのかを見極めていかなければいけないと思っています。

 


堀内太郎 

Taro Horiuchi

2007年アントワープ王立美術アカデミー首席卒業後、イタリアのコンペティションITSにてディーゼル賞受賞。DIESELカプセルコレクションを13カ国にて発表する。同年、21_21DESIGN SIGHT at 東京ミッドタウン「ヨーロッパで出会った新人たち」展に参加。2010年春夏からTARO HORIUCHIをスタートする。2012年第30回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞 。

山縣良和

Yoshikazu Yamagata

2005年セントラル・セント・マーティンズ芸術大学を卒業。ジョン・ガリアーノのアシスタントを務める。2007年にwrittenafterwardsを設立。2014年、ベーシックラインであるwritten byを発表。2015年、LVMH Prizeのセミファイナリストとして、日本人で初めてノミネートされる。デザイナー、アーティストとしての活動のほか、ファッション表現の実験、学びの場として、2008年より「ここのがっこう」を主宰している。

ヘレナ・ルメルスキー

Helena Lumelsky

2006年アントワープ王立アカデミーを卒業。2007年にはVetementsのデザイナー、デムナ・ヴァサリアとともに組んだデザインデュオSTEREOTYPESとして、堀内や山縣らと「ヨーロッパで出会った新人たち」展に参加。2014年のLVMH Prizeでは、セミファイナリストにノミネート。今年、東京ファッションウィークの公式プログラム「FASHION PORT NEW EAST」にて、9年ぶりに日本でファッションショーを行った。

Text:Mitsugu Sudo  Photo:Keta Tamamura

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